第3話 10
社交デビューが大成功に終わったと思っていた愛理にとって、予想外の出来事が起こった。それは、招待状がよく届くようになった事だ。今までは年に数回参加していたが、それが一ヶ月で追い越す勢いである。またそれは愛理に限った事ではない。西園寺家当主にとっても一度は断られたはずの契約が実を結んだものもあり、藤宮の力が働いたといえる。ただ実際は、藤宮家当主である冬時が訴えた訳ではなく、周囲が忖度した事で結果的に西園寺家に有益なものになった。
「…………あの人、苦手なんだけど……」
手元に残った招待内容を見つめ、クッションに突っ伏した。正式な社交デビューをした事により断れない誘いが増える。そう理解していたはずの愛理の想像を遥かに超える招待状の数々であったが、目に見えるだけでこれだ。実際にはメール等の手段でも招待があった為、その数は三倍以上に及ぶだろう。ただ何も聞かされていない愛理が知る由もない。
どれもこれもと受ける事はできず、赴く先は親の選択が主になるが、愛理の交友関係も加味されていた。だからこそ余程のことではない限り乗るつもりのなかった誘いを受ける事になり、それが溜め息に繋がっている。
「…………雪乃ちゃんは来るかなーー……」
数日前の出来事がつい昨日のようだ。愛理が嬉しそうに話す姿は微笑ましいが、それが藤宮家という事で当主にとっては身の引き締まる思いがした。アイスブルーの瞳はすべてを理解した上で参加したと言えたし、それは財前家や蓬莱家にも言えることであった。
「愛理……清隆くんと風磨くんともお話しできたと言っていたけど……」
「うん! キヨも風磨も、かっこよかったよ!」
素直に口にした愛理だが、それは見た目だけの感想だ。もっと言えば好みは雪乃、ひいては彼女の兄である春翔に繋がるはずだが、それ以上は口にしなかった。
長い髪は綺麗に結われ、向かった先には苦手な人がいた。
「愛理ちゃん、来てくれてありがとう!」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう!」
一見すると子供同士の仲の良い会話に見えるが、実際にはアピールするように出迎えられたに過ぎない。それを分かっているからこそ面白くなく、『苦手』と口にしただけの事はあった。
「愛理ちゃんのおかげで、雪乃ちゃんを招待できたんだ……ありがとね」
耳打ちしてくる辺り策略と分かるが、返事をせずに笑顔で返す。身をもって理解したのだ。藤宮雪乃の価値が計り知れない事を。そして、西園寺愛理にはさほどの価値がない事を。ただ悔しさを滲ませたのは一瞬だ。
「愛理ちゃん」
もっと露呈してたであろう感情を呑み込んだのは、他でもない彼女が声をかけたからだ。
「雪乃! 元気にしてた?」
「はい、また遊びに行ってもいいですか?」
「もちろん! 今度は夏休みに会おうね!」
「はい!」
花が咲き誇れば、それだけで視線が集まる。間近にいたからこそ、その多さに初めて気づいた。
「あ、あの! 藤宮雪乃ちゃんですよね? 僕は…」
「今、話してるの分からなかったんですか?」
いつの間にかすぐ側に来ていた風磨に、言葉を呑み込む。話していると気づかないほど鈍感ではないが、割って入りたくなるほど【藤宮】と繋がりを持ちたかったのだろう。子供ならば簡単に取り入れると思う輩も一定数いるが、それは通用しないと学ぶべきだ。そもそも愛理がいなければ参加していなかった時点で、気づくべきであった。
「……高円寺の若君は食えない奴だな」
「風磨、言い方……」
「キヨだって思うだろ?」
「否定はしないけど……気をつけろよ?」
「分かってるって」
率直な感想は二人だけの会話だ。ほとんど聞こえないような呟きの為、側にいた雪乃にはその表情で伝わったようだが、愛理には何一つ届いていない。それは鈍感だからではなく、彼女の察しが良すぎるからであった。
「高円寺さん、本日はお招きいただきありがとうございます」
「い、いえ……」
綺麗なお辞儀をして応える雪乃がパーティーに参加する事自体が稀だ。誘いを受けたところで、社交辞令の口約束で終わることが殆どであった。そんな中、西園寺愛理だけが違った。そう周囲が感じたところで、彼女の中の線引きが理解できるはずがない。
将棋の腕を見込まれるほどに頭の回転が速いと大人たちの間では知られていたが、あくまでも藤宮家と近しい家柄だけだ。だからこそ、西園寺家当主は娘の誘いを受けた事に驚きを隠せなかったのだろう。
「…………雪乃……」
「愛理ちゃん? どうかしましたか?」
「……ううん、さっき食べたのが美味しかったよ」
「どれですか?」
そう言って隣に並んだ意味にようやく辿り着く。愛理とて愚かではない。思考回路が単純明快で気づかなかっただけで、はじめてのパーティーと重なれば自身の至らなさに気づくというものだ。
「美味しそうだな」
「そうだな、雪乃取ろうか?」
「清隆くん、ありがとうございます」
「キヨ、俺のも」
「風磨は自分で取りなよ」
「えーーっ……愛理も取るか?」
「えっ??」
瞬かせていた愛理に話を振った風磨。一連の流れは、【西園寺愛理】を手駒のように扱う事は許さないという意思表示のようなものが含まれていた。
察する事ができたからこそ、二人に受け入れられたともいえる。
今、思えば…………お茶会に参加した日から、受け入れるべきか選別されていたのかもしれない。
縁だよね……あれから、変わる事なく続いていて……あの頃は完全に風磨とキヨがすきなのは、雪乃だと思っていたし……
「愛理、今朝は悪かった!」
目の前にいる風磨が土下座しそうな勢いで謝っている。二人の関係が変わってからも、変わらないモノもあった。
「……本当に悪いって思ってるの?」
「思ってる!」
間髪入れずに応える真剣な瞳に、思わず頬が緩む。喧嘩をしたとて一日も保たない。
『……素直にならないと後悔するだろ?』
親友たちの言葉は今の愛理の一部になっていた。
「風磨、いつもお疲れさま」
「……愛理…………」
「次は参加できるように頑張ってね?」
「ああー……」
彼女なりの激励であると理解し微笑む。見た目の狡さはお互いさまであった。
「……愛理、本当に…」
唇に指先を寄せれば、風磨も押し黙るしかない。
「無理はしないでね……」
「ああー……ありがとう……」
笑顔を作る事には慣れている愛理も、相手が風磨では勝手が違う。より精度が求められる為、浴室に向かうべく背中を向けた。
ただ彼女の些細な変化に気づかない風磨ではない。幼い頃から藤宮雪乃の隣にいたからこそ、人の想いに敏感だ。ただそれが婚約者にも発揮できるかと問われれば、微妙なところだろう。連日の寝不足も相まって『迎えに行く』と、即決できないほどにはなっていた。
「……愛理……一緒に入りたい」
「…………うん……」
それでも些細な表情に気づき、コミュニケーションを取るべく浴室に向かう辺りはさすがは蓬莱家長男、なかなかの策略家であった。
お風呂を共にする事が初めてな訳ではないが、最近では喧嘩の後ばかりで夜も別々の時間帯に寝る事が多い。
割れた腹筋も、筋肉質な背中も、愛理の好みではあるが、久しぶりの時間と言わざるを得ない。
「それで……雪乃は元気だったか?」
「うん、相変わらずだったよーー」
「よかったな……」
「うん♡」
いくら雪乃から連絡を貰っていたとはいえ、実際に目にしなければ分からない。無機質なメールだけでは相手の心情は皆無だ。
躊躇いなく背中を預けられる存在になるとは、出逢った当初は思いもしなかった。見目麗しい愛理にも幼馴染はいたが、学校が違い疎遠になっていった。
同じ学校に通っていると知った時には驚いたけど……クラスが揃った時は嬉しかったなーー……
「愛理、いい?」
「……なぁに?」
分かっていながら尋ねるあたりがなかなかの小悪魔っぷりであるが、それは長年の付き合いで知っている為、無遠慮に触れられたのは言うまでもない。
寄り添って眠っていたはずの風磨が隣にいないと気づいたのは、夜中の一時を過ぎたところだ。
サイドテーブルに置いてあったスマホで時刻を確認してからベッドを出れば、リビングの扉から光が漏れていると気づく。
そっと開ければ、パソコンと向き合う姿が目に入る。リビングの灯りは全灯ではなくとも、パソコンを見るには十分な明るさだ。キーボードを叩く音が響き、真面目な表情が見える。
「…………黙っていれば、かっこいいよね……」
あんまりな呟きだが愛理の本音だ。一番の好みは雪乃、ひいては春翔になるが、風磨もタイプは違えどイケメンの部類に入る。口は悪いが黙っていれば、かなりの優良物件だ。
実際に婚約者がいるにも関わらず誘われる事はあったが、即断していた。仮に強引な手段に挑む家があったとしても蓬莱家の名の下に拒絶していたし、西園寺家も黙ってはいなかっただろう。
結婚準備が進むに連れて押し寄せる言いようのない不安。幼い頃の無知で、世間知らずな彼女はどこにもいない。風磨のパートナーとしての努力は愛理なりに行ってきたが、親友のように出来ていない気がしてならない。ただそれを表情に出すことはなく、そっと扉を閉じた。
いつもの愛理なら声をかけていたはずだが、努力する所を他人に見せたがらない気持ちを汲んでの事だ。ただそれが正解かと問われれば疑問も残る。労いの言葉も選択肢の一つにあったからだ。
気づかない振りをしてベッドに戻っても、戻る様子のない風磨に告げられる言葉を持ち合わせていなかった。




