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831  作者: 川野りこ


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第2話 2BH

 なに、あいつ…………


 それが風磨に対する愛理の第一印象だ。今まで咎められる事がほとんどなかった彼女にとって、天敵と呼べる同年代との出逢いになった。


 「愛理ちゃん、今日のパーティーはどうだった?」

 「……友達ができたよ」

 「そう、よかったわね」


 安堵する母の顔色を気にする事なく、嬉々として応える。愛理は少しも自分に非があったとは思っていなかったからこそ、風磨の態度が気に入らなかった。


 私が挨拶したのに…………なんで、あんな風に言われなきゃいけないの??


 愛理が【西園寺】と【藤宮】を理解していれば、そのような思考には至らなかっただろう。ただ溺愛するばかりで教えてこなかった事は、西園寺家当主の落ち度であった。


 「ママ、今度……雪乃ちゃんと遊んでもいい?」

 「雪乃ちゃん? それは、藤宮雪乃ちゃん??」

 「うん、友達になったから!」


 堂々と告げる娘の度胸は買うが、その名を知らない親ではない。由緒ある【藤宮家】の長女、【藤宮雪乃】を知らなければ、ガーデンパーティーに参加する意味すらなかったはずだ。


 「そうなのね……」


 娘の人懐っこさと愛らしさ認めるが、よりにもよって直系の彼女を友人と言ってのけるとは思いもしなかったのだろう。言葉を選びながらも続けた。


 「……今度、遊ぶ約束したの?」

 「ううん、でも、友達になったから!」

 「分かったわ……パパにも聞いてみましょうね」

 「うん!!」


 愛理の中で雪乃と遊ぶことはすでに決定事項だ。その為、父から断られるとは思いもしないからこそ、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 娘の願いを聞き入れるべく愛理の両親が動いたのは言うまでもないが、打診したとはいえ叶うとは思いもしなかったというのが本音だろう。言い訳を考えていたところで藤宮家次期当主、雪乃の父から返答があった。数時間も経つ事なくメールが返ってきた事にも驚いたが、誘いを受けて貰えた事が一番の衝撃であった。


 「愛理、その日は雪乃ちゃんのお友達も我が家に来ることになったから……」

 「雪乃ちゃんの友達?」

 「この間のパーティーで会った子だよ」

 「それって……」

 「覚えてるか? 財前清隆くんと蓬莱風磨くんだ」


 あからさまな拒絶反応に苦笑いが並ぶ。ある程度の報告を受けていたとはいえ、ここまで反応を示すとは思いもしなかったからだろう。


 「えーーっ、それって断れないの?」

 「……せっかく同年代の友人ができるんだから、大切にしなさい」

 「う、うん……」


 普段は穏やかな父のはっきりとした物言いに、さすがの愛理も頷く選択肢しかない。ただ了承したとはいえ、会いたくない事この上ないのは確かだが、拒否権がないと分かってはいた。だからこそ、それ以上の反論をする事はなく受け入れたように見せたともいえる。

 愛理は自分の価値を子供心に理解していた。見た目の良さを使い、ちょっと泣けば許して貰えると、狡賢く学んできたともとれる。


 願い通りにならなかった事に腹を立てたところで現状が改善しないとも分かっていたからこそ、表面上はにこやかに微笑んでみせた。今まではそれで通ってこれたからだ。


 「お久しぶりです、春翔はるとさん」

 「ご無沙汰しております……今日は雪乃がお世話になります」


 涼しい顔で告げる春翔に娘が一目惚れしたと分かる。彼はどこをとっても優秀で見目麗しい。それは隣にいた雪乃も同じであった。【天使ちゃん】と陰で囁かれるくらいだが、あくまで見た目だけの話だ。一度会話をすれば、子供とは思えない博識が浮き彫りになり、そのような感想は皆無である。


 藤宮家次期当主が送迎を頼んだのは、雪乃の兄の春翔だ。リムジンから降り立つ妹をエスコートしたかと思えば、清隆と風磨にも一定の敬意を払っているのが分かる。それだけで西園寺家当主にも伝わっただろう。次世代を担う子供たちであると。 


 「ーーーーそれでは私はこれで……雪乃、また迎えにくるからな」

 「はい」

 「キヨ、風磨、頼んだぞ?」

 『はい』


 正しく言葉を使う姿に愛理の父には眩しく映ったことだろう。娘もよりよい環境で学んでいるはずだが、ここまで差があるものかと。


 「…………本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 「堅苦しい挨拶はなしで、雪乃ちゃんこっちだよー」

 「はい」


 敬語を使ってはいるものの、その表情は柔らかなままだ。雪乃が嫌がる素振りは微塵もない。だからこそ二人も無言のまま一礼して後を追ったのだろう。


 少々甘やかした自覚はあったが、どれだけの環境下で育てばここまで分別がつくようになるのだろう。そう当主が考えさせられるほど、所作にまで滲み出ていた。


 唖然とする父がいる一方で、愛理は同年代の友人を嬉しそうに案内していた。


 「すてきな東屋ですね」

 「うん、私のお気に入りなの!」


 四人で一つのテーブルを囲む準備はすでに整えられていた。五月は薔薇が見頃の季節で、小さな庭園にも色とりどりの花が咲いている。


 「君は相変わらずだな……」

 「……君たちには関係ないと思うけど?」

 「父上には言われなかったのか?」

 「うっ……」

 

 素直な反応に呆れ顔が並ぶ中、雪乃は柔らかな笑みを見せた。それは誰もを虜にしてしまうような魅力があった。


 「やっぱり雪乃ちゃん、かわいいね!」

 「……ありがとうございます……」


 ストレートな物言いに、さすがの雪乃もたじたじだ。愛理はけして馬鹿ではない。自分の役割は分かっているつもりだ。ただ社交的すぎるところが雪乃とは対極にあり、それが彼女の魅力の一つでもあった。


 「そっちは、なんて呼んだらいいの?」

 「別に……」 「なんでも……」

 「じゃあ、キヨと風磨ね!」

 「呼び捨てかよ」 


 あまりの突拍子のなさに可愛らしい声が聞こえてくる。アイスブルーの瞳が微笑めば、揃って抗議のしようがない。


 『よろしくな、愛理』


 態とらしく呼び捨てで告げられれば、頬を膨らませそうになった愛理も笑顔を見せる。友達になりたいと思ったアイスブルーの瞳が、まっすぐに向けられれば抵抗のしようもない。


 「……愛理ちゃん……ここは温かいね」

 「うん、また遊ぼうね♡」

 「……はい」


 曖昧に微笑む姿が印象に残る。親しげにお茶をして仲良くなれたと思っていた愛理にとって、珍しい反応であった。少なくとも今まで自分を取り巻く世界ではなかったことだ。


 弟が生まれるまで一番に優先されていたのは愛理であったし、周囲から可愛がられている自覚もあった。好き嫌いがはっきりとした性格でも困った事はない。それは今までの付き合いの家柄が関係していたが、詳細に知らされていないからこそ分からなかった。我儘を言っても通っていたのが、取引先の娘だからということが。


 「愛理、楽しかった?」

 「うん、とっても!!」


 嬉しそうな娘にそれ以上は告げず、頷くに留める。西園寺がいくら名家とはいえ格が違いすぎる。


 愛理の両親が懸念する一方で、リムジンに乗り込んだ雪乃が質問攻めにあったのはいうまでもない。彼女にしては招待を心良く受けること自体が、珍しいことだったからだ。


 「楽しかったよ……」

 「そう、それならいいけど……キヨと風磨も仲良くしてきたか?」

 「うーーん、まぁー……」

 「珍しく歯切れが悪いな」

 「いや……あれは何も考えてないから」

 「それな! 自由すぎる!」

 「でも、風磨のタイプだろ?」

 『えっ?!』


 三者三様の反応に春翔が微笑めば、キラキラした瞳が風磨に向かう。


 「……すきな子に意地悪してたら好かれないよ?」

 「うっ、分かってるよ」


 一目惚れというより、あれだけ好き嫌いのはっきりしている性格がいっそ清々しく好感がもてるのは確かだ。当初の無礼な物言いも、子供ならではの素直さと受け取れば気にならない。ただそう思考する雪乃たちもまだ十分に子供であったが、大人顔負けの思考回路は春翔も感心する一方で心配もしていた。いくら家督を継ぐとはいえ、まだ先のことだ。将来性関係なく付き合える時期が少ないと知っているからこそ、続くような関係性を願う節さえあった。


 「本当に、きれいな子だよね……お人形さんみたい」


 ドールハウスを片付けながら、お茶の時間を振り返る。

 今まで見たことのない程にきれいな彼女を振り向かせたい。それは一目惚れに近いものがあっただろう。実際に雪乃に見惚れる者は多く、あの歳で告白された事もあるほどだ。ただ大人の打算的な視線に敏感だったからこそ、純粋な好意を向けてきた愛理の提案を受け入れたともいえる。


 愛理が鏡を見れば、顔立ちの整った少女が映る。自身の顔の良さは自覚していたし、溺愛されて育てば自己肯定感も上がるというものだ。


 親しくなったと自負していた愛理と自身に無頓着な雪乃は、周囲の視線に敏感だった。だからこそパフォーマンスの一つであると分かったのだろう。ただ単純な子供ではいられない。それは愛理にもいえることだ。


 「雪乃ちゃん、今度はいつ会えるかなーー♡」


 楽しみな一方で、無遠慮な男の子たちが思い浮かぶ。姫を守る騎士のような立ち位置に見えたが、見た目と違い風磨は口が悪く、清隆に至っては口数が少ないにも程がある。対照的な二人だが共通点はあった。それは、どちらにとっても【藤宮雪乃】が特別だという事だ。直感的にそう感じただけでも、愛理の着眼点はなかなかのものだが、経験値が圧倒的に足りず分からない部分が多く残った。二人きりではなく、雪乃の友人として紹介された清隆と風磨が連れ立って来たこと。笑顔を見せるなかでも敬語のままだったこと。父が雪乃の兄に礼を持って接していたこと。

 雪乃たちには分かることが、この時の愛理にはまだ一つも分かっていなかった。


 ただ違和感だけが頭の片隅に残っていたのだろう。

 翌日から激変した枚数の多さに、驚きを隠せない西園寺家があった。

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