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831  作者: 川野りこ


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第10話 99

 珍しく運転する風磨の助手席に乗って向かうのは、待ち合わせ場所だ。


 「雪乃ーーーー♡」

 「こら、妊婦に抱きつこうとするな!」

 「えーーっ、本気で抱きついたりはしないもん!」

 「二人とも相変わらずだな……」

 「キヨ、元気だった?」

 「ああー、あとで報告するよ」

 「うん♡」


 幼馴染が四人揃えば、それだけで視線を集める。学生の頃から続く視線の多さに今さら抵抗はないが、揃って自分だけだったらこんなに集まらないと思っているからこそタチが悪い。


 「雪乃、体調が少しでも変だと思ったら言えよ?」

 「うん、キヨありがとう」

 「今日は近くまで車で来たから送ってくし」

 「そうそう、風磨がアッシーしてくれるから♡」

 「おい!」


 夫婦漫才の変わらない様子に、雪乃と清隆が顔を見合わせて微笑み合う。学生の頃に戻ったかのような感覚に包まれながらも、大人になったとも感じる。背丈の変わらなかった二人が揃って育ち過ぎたこと、雪乃が一條になったこと、この二年で変わったことは数えきれないほどあるが、変わらないものもあった。


 『二人とも結婚おめでとう!』

 「ありがとう♡」 「ありがとな」


 親友からの祝福に綻ぶ姿は外行きの顔とは違い、素直に表情に出ていた。


 「いよいよ明日だな?」

 「早かったような、長かったような……だな」

 「そう? あっという間だった気がするけど」

 「愛理は相変わらずだな」

 「キヨには言われたくなーい!」


 向かい合って座る親友は柔らかな笑みを見せる。ここが個室でなかったなら、多くの人の視線を集めていたであろうキラースマイルだ。


 「キヨは忙しくなるね……」

 「そうだな……一年間、頑張ってくるよ」

 「うん、応援してるね」

 「一年間限定なのか?」

 「いや、俺がそう決めてるだけで、最終判断は父になるから分からない」

 「キヨなら大丈夫でしょ?」

 「ったく、楽天的だなーー」

 「だってキヨだもん!」


 確信する言葉に雪乃が頷けば、清隆も微笑む。楽天的な考えとはいえ嘘のない言葉は信用に値する。風磨も難しさを分かってはいるが、達成できないとは少しも思っていない。


 「キヨが帰ってきたら今度は飲もうな?」

 「ああー、結構鍛えられて強くなったから風磨には負けないかもな?」

 「言ったな! 約束だからな?」

 「証人が二人もいるしな」

 「ふふふ♡」 「そうだね」


 二人の勝負が決まる中、食事は進む。社会人になってからというもの、主に清隆と風磨が多忙過ぎて四人揃う機会は数えるほどであった。ただこうして集まれば、一瞬で学生の頃に戻ったかのような関係性だ。


 「雪乃の新刊読んだよ」

 「ありがとう」

 「感動したな……また映画になるんだろ?」

 「うん♡ すっごくよかった♡」

 「愛理なんて号泣し過ぎて真子に心配されてたしな」

 「それは言わないでって、言ったでしょ?!」


 あっさりとバラす風磨に抗議の目を向けても効果はなく、頬を膨らませても指先であしらわれるだけだ。


 変わらない二人に綻ぶ表情が並ぶ。婚約者同士だと知っていたとはいえ、ようやく結ばれる瞬間が訪れれば感慨深くもなるからだろう。


 目の前に置かれた大皿にチョコレートで書かれた文字と、親友を見比べる。


 「結婚おめでとう♡」 「幸せにな」


 改めて口にされれば、今度こそ抱きつきそうになりながらも風磨の右腕を掴むに留める。雪乃と清隆が心から祝福してくれていると伝わり、微かに残っていた不安が飛んでいくようだ。

 

 「…………ありがとう……」 「ありがとな」


 潤んだ愛理の頭を撫でながら応えた風磨も嬉しそうだ。サプライズがあるとは少しも考えていなかった様子が見てとれ、雪乃と清隆がハイタッチを交わしたのはいうまでもない。


 「茉莉奈も『おめでとう』って言ってたな」

 「明日、会えるの楽しみにしてるね♡」

 「ああー、伝えとくよ」

 「相変わらず茉莉奈ちゃんに甘いなーー」

 「風磨にだけは言われたくない」

 「おい!」


 婚約者限定で甘いのは幼馴染の共通点の一つだろう。

 思い出話に尽きることはなく花が咲く。変わらずにいられる関係性がどれだけ貴重か分かっているからこそ、目の前の二人には感謝しかない。忙しい合間を縫ってスケジュールを調整し、こうしてランチに集まってくれたのだから。

 

 「楽しみだよね」

 「雪乃が嬉しそうだな?」

 「うん! 二人の結婚式だよ?」

 「ああー……よかったな……」


 綻ぶ表情が周囲の視線を集めているが、気にする事なく頭に触れる。清隆の過保護振りも今に始まったことではない。


 「匠さんが迎えに来てくれるんだろ?」

 「うん、よく分かったね……」

 「俺が同じ立場だったら、そうするから」

 「茉莉奈ちゃんが大変だ……」

 「そこは、婚約者の特権だろ?」

 「そうだね……なんだか風磨みたい」

 「えっ、それは勘弁」

 「おまえらなーー」

 「あっ、きた」 「お疲れ」


 悪びれもせずに告げられ、押し黙る風磨。ここ二年では珍しい様子に愛理が便乗して盛大なツッコミが入ったのは言うまでもないのであった。


 「楽しかったなーー♡」

 「本当、楽しそうだったな?」

 「風磨も楽しかったでしょ?」

 「それは否定しないけどさーー……おまえら、俺で遊び過ぎだろ? 雪乃にまで回られたら味方がいないじゃん」

 「私がいるでしょ?」

 「戦力外じゃんか」

 「ちょっと!」


 軽口を言い合っても楽しい雰囲気のままだ。結婚式前夜に宿泊する為、車で移動中の間も会話は続く。

 荷物は一泊分と少なめではあるが風磨が手に持つと、左手を愛理に差し出した。


 「……ありがとう……」

 「ああー……夕飯は期待しとけよ?」

 「うん♡」


 宣言通り夜景の見えるレストランで並んで食事をとり、部屋に入るなりキングサイズのベッドに寝転んだ。


 「お腹いっぱい」

 「美味しかったな」

 「うん、ごちそうさまでしたーー♡」


 外には綺麗な夜景が広がるが高い天井をぼんやりと眺めていると、風磨が見下ろしてきた。


 「……どうした?」

 「…………本当に結婚するんだなーーって思って……」

 「そうだな……」


 左手の薬指に向かう視線に気づき微笑む。


 「……明日はよろしくね♡」

 「ああー、よろしくな」


 お風呂上がりの愛理はスマホに手を伸ばした。そこには今日撮ったばかりの写真が並び、頬が緩む。振り返れば、学生時代を過ごした四人が大人になる過程が分かるようだ。


 「…………懐かしいなぁーー……」


 学生時代の婚約者たちが揃う写真はどれも笑顔で写っていた。


 「懐かしいなーー……」


 同じ言葉に笑みが溢れるが、お風呂から上がったばかりの風磨が知る由もない。


 揃ってベッドに入るがすぐに寝つけそうにない。久しぶりに揃った事も、明日に控えるイベントも、どれも愛理にとって高揚する要素だったからだろう。


 「ーーーー愛理、眠れないのか?」

 「ごめん、起こした?」

 「いや…………少し、抱きしめていいか?」


 返事を待たずに伸びてくる手には安心感があり、そっと息を吐き出す。


 「…………一回だけね?」

 「いいのか?」

 「うん……明日になったら、私も蓬莱になるから……」


 可愛らしい事を言う婚約者にゴリゴリと理性が削られるが、無理強いする事はなく留めた。本音を語れば一晩中触れていたかった事だろう。


 「……ったく、安心しきった顔しやがって……」


 頬に触れても反応はなく、小さな寝息が微かに漏れでるだけだ。


 「……惚れた弱み、だよな…………」


 裏表のない性格の愛理だからこそ惹かれた。大人になって多少まるくなったとはいえ、幼馴染の前では幼い頃と変わらない姿が垣間見える。

 それは嬉しくもあり、特に雪乃に対しては微かな嫉妬心も芽生えるが、彼女がいなければ結ばれていなかったかもしれない縁だという自覚もあった。親同士が決めた婚約の決定権が風磨にはなかったからこそ、初めて招かれた西園寺家に雪乃と共に参加しなければ、今のようになってはいなかったかもしれないと想いが巡る。


 「おやすみ……」


 額に口づけて、抱きしめたまま眠りにつく。風磨にとっても親友の存在は特別であった。


 朝から並んで朝食を取り、長い一日に向けて準備を整える。

 絶品のオムレツに綻ばせるいつも通りの愛理と、緊張感からかいつもよりも食べる速度の遅い風磨。微かな違いに気づき、スプーンに乗せたオムレツを口元に運べば、たじろぐ風磨に極上の笑みを見せる。


 「……………………確信犯だろ?」

 「なんのことかな♡」


 スプーンを持つ手を取られ、そのまま口に運ぶ姿に頬が染まる。


 「ーーーーっ、あとは自分で食べれるでしょ?」

 「えーーっ、もうやってくれないのか?」

 「ずるい……」

 「それはこっちの台詞だ」


 時間まで朝食を楽しんでウェディングドレスに身を包む。この日までに磨かれた愛理は、さらに美しく映っただろう。重い扉が開かれた先にいる風磨が椅子から立ち上がったまま微動だにしない。


 そっと近づけば高鳴りを隠せず、お互いに視線を逸らす。


 「ーーーーーーーー愛理……綺麗だな…………」

 「あ、ありがとう…………」


 見上げればタキシード姿に惚れ直しそうだ。


 「……風磨は、かっこいいね……」

 「…………本当に、綺麗だ……」

 「うっ、そんな……しみじみ言わないでよ」

 「仕方ないだろ? 本当の事なんだから」


 染まった頬に手を伸ばしそうになりながらも、手を取るに留める。愛らしい婚約者を椅子に座らせれば、撮影会が始まったのは言うまでもない。


 向けられる熱い眼差しを誤魔化すようにスマホに収めていると、さすがの愛理にも分かる。彼女も同じ意見だったからだ。


 「次は風磨の番ね♡」

 「あ、ああー」


 押され気味になりながらスマホに収まれば、愛理の宝物がまた一つ増えていった。

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