最終話 4EVA
披露宴に参列した雪乃のお腹は少しだけふっくらとしていて、隣にいる匠が支えていると一目で分かる。羨む気持ちは今もあるが、親友の幸せを願わずにはいられない。
大勢の参列者を前にしても愛理は通常通りであった。
蓬莱家として大々的に行われる披露宴で、会社関係者が多く出席する円卓の一つは一條夫妻に、清隆と茉莉奈、藤宮夫妻の姿があった。横目で見ても仲の良さが分かり、心が温かくなるようだ。
「ーーーー風磨は大変だな……」
「さすがキヨ、分かってるな」
「愛理、綺麗だからね……」
「ああー、よかったな」
「うん♡」
嬉しそうな表情で拍手を送る雪乃が潤んだ瞳で見つめれば、アイスブルーの宝石が輝くようだ。
「…………匠も大変だな……」
「あぁー……」
「……匠さんも甘いですよね」
「キヨたちには言われたくないけどな……」
年長者からの思わぬ反撃は的を得ているが、匠たちも似たり寄ったりだろう。社内では厳しい顔を見せる事がある社長も妻が弱点であった。
盛大な規模で祝福を受ける愛理は、美しい姿でテーブルを回っていた。会社関係者や家との繋がりが多く出席する中、友人としても出席しているのは親友たちのいるテーブルだけだろう。
朗らかな雪乃に向かう視線は今も変わらずにあるが、隣にいる匠に敵うはずがないと悟った者がほとんどだと分かる。客観的に見れるようになったからこそ愛理にも理解できるようになったが、自身のことを語らない親友だからこそ告げられた言葉がどれも大切に感じる。
流れる映像に過ごした日々が巡る。大人になっても変わらない関係が続くが、学生の頃のように会える訳ではない。
それぞれの生活があり、社会人になった一年目はそれをより強く感じた。周囲が就職する中、自身だけが変わらない日々のようにも思えて不安が押し寄せる夜もあった。そんな日は決まって雪乃が連絡をくれて、新婚に迷惑だと思いつつも家に押しかけた事もあった。
花嫁修行中とはいえ、ひと通りの生活能力は大学時代に身についていた。蓬莱家の会社関係者を覚える方が勉強嫌いな愛理にとって苦痛だったが、大学受験に比べれば容易い事であった。
「ーーーーやっぱり、若いな……」
「うん……」
つい先日、スライドショーのチェックを行ったばかりだが思わず溢れる。変わらない面子だが、制服が変わればそれだけの時間が流れたと分かる。
そばにいる事が当たり前になっていたからこそ、奇跡的な事のようにも感じる。
「……雪乃の本にも……書いてあったっけ……」
【月野ゆき】の有名な一節が思い浮かぶ。
「そうだな……」
声を出していた事にも気づき瞬かせるが、それよりも風磨が読んでいたと知っていても、覚えていた事に頬が緩む。話題の作家自身はどれだけの影響力があるかを知らないだろう。少なくとも幼馴染には、より良い影響を与えていた。
「……これ…………」
思わず親友のテーブルに視線を向ければ、小さなピースサインを作る二人がいた。昨日の愛理たちが映し出され、綻ぶ様子が見てとれる。
「……愛理」
「…………ありが、とう……」
風磨から差し出された真っ白なハンカチを目元に添えれば、じんわりと涙が広がっていく。
簡単には変われないが、変わりたいと思って今の愛理がある。向けられる視線の多さには慣れても、見下ろしてくる甘い眼差しにくすぐったい気持ちは消えそうにない。
映像の中の二人は理想的な夫婦のようであった。
プチギフトを手渡せば、社交辞令満載の面々がいる一方で、咲き誇る花に微笑む。
「愛理、風磨、おめでとう……」
「二人とも幸せにね」
「……匠さん、ありがとうございます」 「はい!」
深く頷いて応えれば眩しい夫婦に綻び、態とらしく対抗しようとする風磨の腕をぎゅっと引き寄せる。不意打ちに弱い彼が会社関係者がいる事で踏みとどまる様子に、幼馴染が揃って微笑んだのはいうまでもない。
「風磨、愛理、おめでとう」
「キヨ、ありがとう……次はキヨたちの番だね?」
「ああー」
即答する清隆と真っ赤に染まった初々しい茉莉奈だが、その手は彼の腕に添えられたままだ。交際が順調と知っていたからこそ口にしたに過ぎず、揶揄いたのを堪えてブーケを手渡せば、可愛らしい笑みが溢れる。
「愛理さん……ありがとうございます……」
「ふふふ、お似合いだよ♡」
「愛理、それ以上は揶揄うなよ?」
「はーーい♡」
愛らしい婚約者に対する独占欲が強めな清隆に呆れ顔が並ぶが、ここにいる面子は皆同じようなものだろう。想い合うからこそ溢れてしまい止めようがないのだ。
私服に着替えれば、ドレスの重みやコルセットの締め付けから解放されると同時に、緊張感からも一気に解放されるようだ。人前に慣れている愛理でさえ微かな疲労を感じたが、それは幸せの重みのようでもあった。
「お疲れ……」
「……お疲れさ、ま!?」
ベッドにダイブした風磨に手を取られ、思い切り倒れ込む。抗議しようにも唇を奪われて声にならず、迫る瞳に解けていくようだ。
「…………これで愛理も、蓬莱だな?」
「うん……これからも、よろしくね」
「ああー」
二人が初夜らしい夜を過ごしたのはいうまでもない。攻め立てられても抗うことはできず、背中に手を伸ばせば泣きそうな瞳が映り、勇気を出して囁く愛理がいた。
翌日からハネムーンと称して飛行機に乗ったまではよかったが、思い出の場所によく知る顔が並んで言葉にならない。
乾いた風に触れたかと思えば、貸切りのトロリーで移動して再び純白のドレスに身を包んでいたからだ。
ハワイで迎えた二人きりの結婚式は、風磨からのサプライズだ。
何も聞かされていたかった愛理に親友から花束が手渡される。
「愛理、綺麗…………本当に、おめでとう……」
瞳を潤ませて告げられれば、涙腺崩壊を阻止しようがない。腕に抱きつくだけに留めるが、抱き合いたいのが本音だろう。
フラワーシャワーを浴びながら、隣に視線を移せば変わらずに微笑む風磨に、また泣きそうになった。
『素敵ね……』
『ああー……愛理も、ここで挙げたいのか?』
『うん、それもあるけど……親しい友人だけっていうのがいいじゃない?』
確かに言った…………言った覚えはあるけど、叶えてくれるとは思わないじゃない?
忙しい合間を縫ってスケジュールを調整したと明白だ。御曹司揃いの彼らが多忙な中、集まってくれた事に感謝しかない。
幼い頃の彼女なら当たり前に感じていたかもしれないが、どれも当たり前の事ではないのだ。
些細なやり取りを覚えているのも、こうして親友たちが集まったのも、すべては愛理が愛されているからに他ならない。
「ーーーーっ、ありがとう……」
潤んだ瞳で告げれば、親友から手を差し出された。夫にとって隣はお互いに譲れないが、嫁の涙には揃って弱い。手を取り合う二人にシャッター音が響いていた。
帰国したら会う約束をして分かれれば、風磨と二人きりの空間に戻る。昨夜の熱が再燃するようだが、それだけが理由ではない。素直に告げた時の風磨の嬉しそうな表情に、何も言えなくなった。
「…………愛理……」
名前を呼ばれただけで満たされたと感じる。耳元で囁かれる愛のある言葉に染まれば、追い打ちをかけるように唇が触れていった。
「……愛してるよ…………」
よく見れば耳が染まった彼に微笑まずにはいられない。告げることの大切さを知っているが、告げる勇気が必要なことも今の愛理には分かっていた。同じ想いを返されることが奇跡のようであることも。
耳元で囁き返せば、真っ赤に染まった似た者同士であった。
「ーーーーっ、風磨、風磨!!」
「走るなよ! 愛理、俺も見たって!」
相変わらずな雪乃至上主義だが、綻ばすにはいられない。メッセージには元気そうな親友と生まれたばかりの子供に夫と、幸せなスリーショットが写る。
「かわいい……」
「ああー、小さいな……」
「…………少し、怖いんでしょ?」
「うっ……小さすぎてな……」
「もう、これからパパになるんだからね?」
「分かってるって!」
これから生まれる我が子には親友のようになって欲しい願望はあるが、口に出すことはない。言わなくとも通じる想いはあり、大切な存在はこれからも増えていくからだ。
「風磨、会いに行ってもいい?」
「一人でも行く気だろ?」
「バレた?」
「ったく、俺も行くからな?」
「行けるの?!」
「ああー、来週末なら都合がつくから……その前に、お祝い用意するだろ?」
「うん!!」
綻ぶ愛理に甘い風磨と、婚約者から夫婦に変わってからも仲の良さは健在だ。
「楽しみだなーー♡」
「ああー、キヨに自慢してやろうぜ?」
「うん!!」
いたずらっ子のように微笑み合う姿は子供の頃のようだ。
取り巻く環境が変わっても変わらない関係性があり、自身に宿った命にまた巡る思いがあった。
「ねぇー、風磨、これは?」
さっそくスマホを見せて祝いの品を選ぶ姿に綻ぶ。
「本当、楽しそうだな……」
「ん? 妬かないの♡」
「妬きたくもなるだろ?」
「えっ?」
珍しい反応に声が漏れたかと思えば、唇がそっと触れ合う。反論は声にならず呑み込まれれば、急激に染まるしかない。
「ーーーーっ、風磨のバカ!!」
「ったく、うちの妻は恥ずかしがり屋だからなーー」
「…………ずるい……」
「ずるくないだろ?」
肩を組んで余裕たっぷりで告げられるが、よく見れば染まった耳に気づく。
徐に指先で触れれば、瞬かせた風磨に小悪魔っぷりを発揮していた。
「…………そんなところも、すきだよ♡」
妻には敵いそうにないと、風磨が悟ったのは言うまでもないだろう。
「…………覚えてろよ?」
次の瞬間には深い口づけに変わり、告げられた言葉に染まったのは愛理の方だ。
数ヶ月ぶりに揃った幼馴染の中に、甘さの増しましな蓬莱夫婦がいるのであった。




