キャスリン・マケラ侯爵令嬢
穏やかに過ごしたいだけなのに、少しずつ、少しずつ、不穏なことも起きているのかも・・・。
だけど、今のクリスティナは1人じゃない!!
『ーーーーーーー視線が痛いわ』
今日も、いつも通りの学園。
いつも通りの、食堂での時間。
私の隣にはリュドヴィック殿下が座り、いつものメンバー6人で楽しく昼食をとっていた。
そして、隣の列のテーブルから視線を感じるのである。
ふと隣の列のテーブルを見てみると、ある女子生徒がこちらを睨みつけながら食事をしていたのだ。目線をこちらに向けながら、次々と食べ物を口に放り込んでおり、なんと器用なことか。マナーは全くなっていないが。
『キャスリン様・・・・』
こちらを睨んでいる女子生徒ーーーーーキャスリン・マケラ侯爵令嬢。
私と視線が交わると、より一層きつく睨まれてしまった。キャスリン様が「チッ」っと、小さく舌打ちしたのが口の形でわかってしまう。
キャスリン様は私と同学年で、リュドヴィック殿下とダミエレ様と同じクラスである。
殿下の婚約者の座を狙っているのは一目瞭然で、いつも殿下の後ろを付いて回っている。
そこは前世でも同じなのだが、今世では私が殿下に近づかないようにしていた。そのため、入学前にキャスリン様のご実家であるマケラ侯爵家でのお茶会で知り合いになった私たちではあるが、今世では学園で会えば挨拶を交わす程度の仲である。
前世では、私から殿下と仲良くなりたくて話しかけたり、昼食の食堂でも私から殿下の隣に座っていた。そのため前世では、初等部の時からキャスリン様からは敵視され嫌味を言われたり、中等部では殿下の婚約者となってから露骨に嫌がらせもされた。殿下が私を相手にしていないとわかると、それを過大に周囲へと嘲笑もした。私が周囲から蔑まされる原因となった一つには、キャスリン様の言動にもあったのだ。
しかし、今世の今では、前世で周囲に蔑まされたことについては、私自身が”何もしなかった”ことも原因だったと理解しているため、キャスリン様へ対して恨みなどないが、彼女と仲良くしたいとは思わない。
少し前までは、私が平穏に生きていくためにキャスリン様が殿下の婚約者に選ばれればいいとさえ思っていたが、初等部2年生となってから殿下と接する機会が増えたせいか、未来の王妃が人に平気で意地悪をしたり、人を睨んだりするような者でいいのかと疑問に思ってしまう。
だからと言って、私が殿下の婚約者になりたいわけではない。決して、同じ過ちを繰り返したくはないのだ。
『なんて自分勝手な考えなのでしょう・・・・』
私は矛盾した考えを抱いたことに、自分自身への呆れで溜息がもれてしまう。
「クリスティナ嬢、どうかしたの?大丈夫?」
私の溜息に気づかれてしまったのか、リュドヴィック殿下が心配そうに話しかけてきた。
「あっ!なんでもありません!えっと.....たくさん食べてしまったので.....午後の授業が眠くならないかなぁ.....と、心配で.....」
咄嗟に出てきた言い訳がこれである。
私は、もっとマシな言い訳ができなかったのかと顔が熱くなるのがわかった。
「クリもご飯食べると眠くなるんだぞいね!!」
「クリが言うと、かわいいね~」
「わたしは、、毎日、、眠く、、なる」
クスクスと笑いながら言われると余計に恥ずかしいが、彼女たちの笑いには一切の嫌味がない。
「ボクも眠くなる時はあるよ」
「殿下もあるんですか?」
殿下は笑いながら言うが、その言葉が意外で思わず聞き返すと、
「殿下は眠くなられても隠すのがお上手ですから。眠くなられると、一点をジッっと見つめられています」
しかし、返してくれたのはダミエレ様だった。
「ダミエレ.....余計なことは言わなくていいんだよ」
殿下の笑顔が引きつっているように見えるのは気のせいだろうか。
しかし、殿下が笑顔を引きつらせるなんてありえないと思い直す。
「隠せて、、ない」
モアナが何か言ったような気がしてモアナのほうを向くが、モアナは殿下をニンマリとした顔で見ているだけで、モアナの隣に座るミレーネは困ったように笑っている。
私の隣に座るスカーレットは「さすが殿下!眠くなったら一点を見つめればいいんだぞいね!眠くなったら一点集中ぞい!!」と、殿下を褒め称えていた。
本当は、私は授業中に眠くなる時はないのだが、いつか眠くなる時がきたら”一点集中”を試してみようかと考えていると、
「ゴ、ゴホンッ!そういえば、午後の授業で使う資料を運ばないといけないのだった。今日は、ボクとダミエレが日直なんだ。職員室に寄らないといけないから、名残惜しいけど今日は先に行くね。さっ、行こうかダミエレ」
「はい、殿下」
咳払いをしながら立ち上がる殿下と、可笑しそうに口角を上げながら立ち上がるダミエレ様を見送ったのであった。
♦♦♦♦♦♦♦
いつもは、食堂から教室へ6人で戻るのだが、今日は久しぶりに女子4人だけで戻ることになる。
食堂を出て廊下を歩いていると、前方に1人の女子生徒が仁王立ちしながら私たちを睨みつけていた。
ーーーーーキャスリン様である。
いい予感はしないため引き返したいところだが、残念ながら教室に戻るためにはキャスリン様を通り越すしかない。
私たちは、キャスリン様の横を通り過ぎようとしたのだが、
「ちょっと!クリスティナ様!なんで、あなたがリュドヴィック殿下といっしょに食べてるのよ!?」
至近距離で、キャスリン様が吠えてきたではないか。
どうやらキャスリン様にとっての標的は、私だけのようだ。
そこは、前世でも今世でも変わらないらしい。
「それは・・・・」
『殿下が勝手に来た、なんて言えるわけないわ』
どう答えたものかと言葉を詰まらせていると、
「どうして、クリにだけ怒ってるぞいか?わたしもモアナもミレーネも、あとダミエレ様も、みんなでいっしょに殿下と食べてるぞい?」
スカーレットが、心の底から不思議だと言うように答えてくれた。
キャスリン様は、すぐにスカーレットを睨みつけて、
「あんたは黙っててよ!!」
「なんでぞい!クリは何も悪いことしてないぞい!!」
「殿下の隣は、わたしの席なの!なんでクリスティナ様が座ってるのよ!!」
「それは殿下に聞けばいいぞい!そんなに殿下の隣に座りたいなら、キャスリン様もいっしょに食べればいいんだぞい!!」
「な!?なんで、わたしが、あんたたちと食べなきゃいけないのよ!!」
「殿下の隣に座りたいって言ってたぞい?座ればいいぞいよ?」
「あんたバカなの!?クリスティナ様も、あんたたちも、わたしの邪魔をするな!って言ってるの!!」
キャスリン様は前世の時と同じように、顔を怒りで真っ赤にしながら吠え続けている。
私は、決して殿下の隣に座りたいと思っているわけではないと口を開きかけた時、
「女の、、嫉妬、、だる、、い」
今度は、モアナが呟いた。
「はぁ!?あんた、誰に向かって口をきいてるのよ!この伯爵家風情が!!」
「バカは、、あなた、、みっとも、、ない」
「な!?なんですって!!わたしはマケラ侯爵家なのよ!!」
「嫉妬で、、かみ、、ついて、、きて、、だから、、殿下、、にも、、相手に、、され、、ない」
「~~~~~な!?マケラ侯爵家を敵に回す覚悟があるようね!!」
「フッ、、」
不敵に笑うモアナの身が危ないと思い、さすがに口を挟もうとしたのだが、
「が、が、学園内は!爵位は関係なく平等です!」
まさかの、ミレーネである。
ミレーネは、体をプルプルと小動物のように震わせているが、それでもハッキリと、しっかりとキャスリン様の目を見ながら言い切った。
「は!?だから何なのよ!あんたも、格下の伯爵家のくせに!お父さまに言いつけてやるんだから!!」
「伯爵家を格下だというぞいか?それなら、わたしはグスタフソン侯爵家ぞい?」
スカーレットがミレーネを守るように、キャスリン様とミレーネの間に立つ。
「ふん!わたしのお父さまは第一騎士団長なのよ!!」
「わたしの父上だって、第二騎士団長ぞい!!」
「たかが第二騎士団長でしょ!?第一騎士団長のほうが偉いわよ!!」
「絶対に!!わたしの父上のほうが強いぞい!!!」
その後も、「剣で勝負だぞい!」とか、「そんな野蛮なこと、わたしがするわけないでしょ!」とか、侯爵令嬢同士の子供の喧嘩となってしまっている。
『最初に絡まれたのは私。責任をもって、この場を収めなくては』
私は、前世での王太子妃教育で習った姿勢を崩さないように、背筋を伸ばして胸を張る。
「キャスリン様」
私がキャスリン様を呼ぶと、喧嘩をしていた侯爵令嬢2人は動きを止めた。
「なによ?」
再び、キャスリン様が私を睨みつけてくる。
「私の大切な友人たちに、暴言を吐き傷つけましたね?」
「はぁ!?わたしだって、バカとか言われたんですけど!」
「では、今回は”お互いさま”ということで、よろしいですね?」
「なんでよ!?そもそも、わたしはクリスティナ様に殿下に近寄るなって言いたかったのよ!」
「誤解があるようですが、私から殿下には近づいておりません」
「なにそれ!?嫌味が言いたいわけ!?」
「いいえ。事実を述べたまでです。それに・・・これ以上、私の大切な友人たちを傷つけるようであれば・・・そうですわね、キャスリン様のお言葉を借りるなら、私は公爵家です。私も、お父様に報告させていただきます」
「くッ......絶対に、絶対に、殿下の婚約者の座は、クリスティナ様に渡さないんだから!!」
「殿下の婚約者候補のお話ですら、私は伺っておりません。一方的に敵視するのはおやめください」
「わたしよりも格上の令嬢はクリスティナ様だけ!クリスティナ様になんて負けないんだから!!」
「全く話が通じませんのね。行きましょう、みなさん。授業に遅れてしまいますわ」
私たちは、キャサリン様に背を向けて歩き出す。
キャスリン様の姿が見えなくなると、
「クリ!堂々と話しててカッコよかったぞい!!」
「うん、、大人の、、女、、って、、感じ、、だった」
「クリの立ち姿も言葉遣いにも圧倒されちゃった!」
みんなが口々に褒めてくるではないか。
『なんてことなの!私、また前世の口調になってしまっていたのね!?』
無自覚とは恐ろしいが、それでも堂々とキャスリン様と対峙できたことは、まぎれもなく友人たちがいてくれたからだ。
「みんなも、ありがとう!私が最初に絡まれたのに、みんなが助けてくれたおかげだよ!」
「いつでも助けるぞい!!」
スカーレットの言葉に、ミレーネもモアナも頷いている。
「私も、みんなに何かあった時は助けられるように、もっともっと強くなるね!!」
前世では、何も言い返せなかった自分ーーーーー。
みんなのおかげで、私はまた一歩、強くなれた気がしたーーーーー。
クリスティナ、スカーレット、モアナ、ミレーネが立ち去る後ろ姿を、キャスリンは忌々しそうに見つめながら呟く。
「絶対に......絶対に......わたしは......王妃にならなければいけないのよ」
その小さな呟きは、誰にも聞こえることはなく消えていったーーーーー。




