母親と言う恋人【16】
確実に生まれて来た時代を間違えてしまった事実に、俺は途方もない脱力感を抱きつつ……その場で力無く膝から倒れたい衝動に駆られていた……その時だった。
「おお、こっちの方にも『やっと来た』のか? 待っておったぞ? イリ君よ?」
思わぬ方角から、嗄れたジジイの声が転がって来た。
もちろん、初めて聞いた。
けれど、俺の名前を呼んでいた所から察するに……相手は、俺の事を知っているのだろう。
もしかしたら、顔を見れば分かる相手なのかも知れない。
そう思った俺は、声がした方向を見る……うん、知らんな?
「え? イリ君……ですか? この方が組合長が言っていた、あの『イリ君』なんですね?」
そこでゴトーさんが、ちょっと驚いた顔になって言う。
……どうして、イリ君と言う名前だけは、この時代の賞金稼ぎ組合でも有名になっているんだ?
ここ……俺からすれば三十年も前の話しで……俺本人すらまだ生まれても居ないと言うのに。
なんなら、母親に植え付けられてすら居ない状態だぞ……それで、俺の名前だけ知っていると言うのは、不自然極まり過ぎて、懐疑心しか生まれないんだが?
思わず眉を捻らせる俺がいた時だ。
「あなたの事は、組合長から常々伺っております……なんでも、世界最強の賞金稼ぎで、ランクもL+を所得しているとか?」
ゴトーさんが、再びにこやかな笑みのまま、俺がポカンと口を開けてしまう様な台詞をしれっと言って来た。
いやいやいや!
「待ってくれよ! なんでゴトーさんがそれを知ってるんだ? 俺……この時代では、全くの無名なんだけどっ⁉︎」
俺は徐ろに焦りながらも、ゴトーさんに言う。
すると、その返事はゴトーさんではなく、その隣にやって来たジーさんが俺へとしてみせる。
「なぁに、大した事じゃない……この老ぼれには見えておるんじゃよ? 過去の女神様が」
「……あ〜」
ニカっ! っと、快活に笑って言うジーさんの言葉を耳にして、俺は思い切り合点が行った。
程なくして、少し前に小人ウルズが言った台詞を思い出す。
小人ウルズが見えるのは、俺やマァサだけとは限らない……と。
一定の条件さえ合致すれば、小人ウルズを見る事が可能になる……そう言っていた訳で。
……すると、だ?
「じゃあ、アンタはここにいる太々しい面した、人形みたいなのが見えるって事か?」
俺はちょっと驚いた顔のまま尋ねると、
『待ちなさい! 私は太々しい面なんてしてないんだけどっ⁉︎』
近くで小人ウルズが、やたら姦しい非難を上げて来ては、
「ああ、見えとるよ? イリ君の隣で、ピーチクパーチクと雛鳥の様に騒いでおるのー?」
当たり前の当然の様に、ありのままを答えて来た。
うぉ! これはマジだ!
なんて事だ……まさか、本当にコイツを見る事が出来る人間が、他に居たなんて!
『誰が雛鳥よっ! 訂正なさい! 今のは、正統な批判だったでしょ! 私の名誉の為に私はしっかりと自分の主張を述べただけ! それを雛鳥がピーチクパーチク騒いでるだけ? フンッ! そんな戯言を耳に入れるつもりはないね!』
「なるほど……信じたぜ、ジーさん」
『ちょっ……私を無視するなぁっ!』
ジーさんの言っている事に間違いがないと確信した俺は、瞳をキュピーン☆ っと輝かせながら、大きく頷いた。
途中で、宙に浮いている人形みたいなヤツが、再びキャンキャンと騒いでいたが、そこは気にしないて置いた。
今は、俺の生活費の方が大事だからな!
小人ウルズの言う事が正しいのなら『最短で』二日は、この時代にいないと行けないらしい。
ポイントはここだ。
飽くまでも『最短』なのだ!
つまり、最低でも二日はこの時代にいるが、そこから先は『必ず帰れるとは限らない』と言うのが事実……って事になる。
それに対して、俺の所持金はヤクザな金額!
こんな状態では、最短である二日ですら保つとは到底思えない!
宿屋はもちろん……飯代だって危ういと来ている!
そうなれば、ここできっちりと仕事をして置かないと……死活問題待ったなしだ!
……思った俺は、
「小人にどんな紹介をされたかは知らないが……きっと、ジーさんになら本当の事を言っても大丈夫と言う事だろう?」
「そうじゃのー? 確かに『ワシには』大丈夫……と言うのが、実際の所じゃのぅ?」
俺の質問に答えたジーさんは、それとなくゴトーさんを見た……あ。
そ、そうか!
思えば、ここにはゴトーさんも居たんだ!
……ん? でもさ?
「ゴトーさんも、俺の事は知ってたよな? それなら、大丈夫なんじゃないのか?」
俺は、地味に素朴な疑問を抱き、ジーさんへと尋ねると……
「受付嬢だからな……一応、イリと言う凄腕の賞金稼ぎが、近々やって来ると言う所『だけ』伝えておる……まぁ、そこだけなら問題はないと思ってのぅ?」
……ああ、そうな? と、言いたくなる様な返答がやって来た。
確かに、そこだけであれば、大きな問題になる事はない。
少なからず、それで未来に大きな影響が生まれるのか? と言うと、そこまで大きな問題が発生する事はないだろう。
……多分!




