母親と言う恋人【11】
「……そ、そうか……な、なるほど……まさかの既婚者だったなんて……ねぇ……ははは……」
キリは、可能な限り笑みのまま答えた。
可能な限り……などと表現したのは他でもない。
半分以上は泣いている状態だったのだ。
泣き笑い状態と表現するのが、より正確な表情と言えるだろう。
まさに現状と言う物をどうにか自分なりに頑張って受け止めようとしている……そんな態度だった。
だからだろうか?
「……普通に言ってくれよ?『サイテー男』ってさ」
イリは嘆息混じりに答えた。
発端は、自分の迂闊な発言ではあったが……もう、ここまで言ってしまったのなら、後戻りなど出来ない。
どう言う訳か? 小人ウルズがやって来る様子は未だないし、このまま暴露話しを続けられる環境にあった点に関して述べれば……ちょっとだけイリは違和感を抱いていたのだが。
極論からすれば、ここで小人ウルズが来ないのはおかしいとさえ思えた。
どう考えても、イリはキリに対して言っては行けない事を、公然と暴露しているのだから。
けれど、ウルズの妨害は一切やって来ない。
……そこまで考えた時、イリはハッとなる。
もしかして……今、この状態もまた、ウルズが言う予定調和なんじゃないのか?
もし、そうだったとして……そこにはどんな意味が……?
なんともブラック・ボックスの多い小人ウルズの行動に、一種の懐疑心を抱いていた……その時だった。
「うん、分かったよ……つまり、イリは『私に下らない与太話をしてまで』別れたいと思っているんだよね!」
キリが眉を思い切り釣り上げて叫んで来た。
「…………はぁ?」
イリはポカンとなる。
同時に気付いた。
確かに、与太話にしか聞こえない……と。
冷静に考えてみればそうだ。
自分の知人がいきなり『俺は未来人だ!』と言われたら……イリは信じるだろうか?
普通は信じない。
強いて言うのなら、なんらかの証拠でも見せる事が出来たのなら、話しはまだ違って来るのかも知れないが……。
しかしながら、至極当然の様にイリには自分が未来人である証拠などない。
……よって。
「作り話しをするにしても、もっとマシな事が言えなかったの?……グス……見損なったよ、イリ!」
「………」
猛剣幕で叫んで来たキリの言葉に反論する事など……出来なかった。
否、違う。
ここで反論し、キリを説き伏せたとして……自分は何を期待していると言うのか?
何より、今この状態を招いてしまったのは……自分自身だ。
……その反面、思った。
「そうだよな? やっぱり信じては貰えないよな……はは、すまん、作り話だ!」
やっぱり……キリはキイロじゃないのだ……と。
イリは苦笑混じりのまま答えた。
キイロと比べてしまうのは、やはりおかしい話しなのかも知れない。
けれど、イリは思った。
どんなに与太話に近い不可思議な話しであろうと……何処まで行っても非現実な内容であろうと、真剣な目で語ったのなら、キイロは絶対に疑わない……と。
そう考えると、やっぱりキイロは良い女だったなぁ………そんな事を胸中で呟いていた頃、イリはキリに胸ぐらを掴まれた。
ああ、これは殴られそうな勢いだ。
そうと、他人事の様に考える。
そして、至極当然の様に、そのまま殴られようとしていた。
一発程度殴られても、文句の言えない事をしていたのだ。
なんなら、気の済むまで殴ってくれても構わない……思ったイリは、素直にキリの鉄拳がやって来るのをノーガードのまま待ち構えていた。
しかし、キリの拳は、いつまで経ってもやって来ない。
………あれ? おかしいな?
ふと、こんな事を考え……イリは、キリの方へと顔を向けた。
胸ぐらを掴んだ状態のキリは、俯いたまま……大きく泣いていた。
無音の号泣……とでも、表現するのが適当だろうか?
声が出てなかったし、これから殴られる物だとばかり思っていたので、気付くのが遅れたが、キリの足元には大量の涙が落ちているのが、イリの視界に入る。
しばらくして。
「…………さよなら」
キリはボソリと答え……一人、喫茶店を出て行った。
「………」
イリは無言だった。
追い掛ける事は容易い。
だけど、ここで追い掛けた所で、何が変わるのか?
答えは、何も変わらない。
むしろ、キリの心を余計に傷付けてしまうだけ。
今のイリが出来る事など、皆無に等しいのだ。
……思い、座っていたカウンター席に座りなおした……その時だった。
バキィィッッ!
頬に手痛い一撃を喰らった。
「………ぶはっ!」
想定外の一撃を受けたイリは、カウンターから1メートル程度吹き飛んでは、
ズシャァッッ!
強かに腰を打ち、そのまま床に滑り込む。
果たして、その先にいたのは……マグネだった。




