凍りつく城の記憶
シュヴァッツ・シュラーフミッテルの王候貴族たちの住むアルトゥシュタット城は、“凍てつく夜の古城”と呼ばれている。
お母さまと暮らしたあの世界の事と、お父様と暮らしたこの世界の事を習ううちに、色んなことがわかった。
お母さまのいた世界はヴァイス・モーゲンと呼ばれること。
向こうではシュヴァッツ・シュラーフミッテルのことを異界、または魔界と呼ぶこと。
貴族は上流のものから下級のものまで含めて100あまりいて、今のところ有力なのは5家いること。あまり仲が良くないので権力争いが激しいこと。
ここで暮らす貴族は、留学という名目できた次期当主と言われる子息たちで、ほとんど人質のようなものだということ。
そして、シュヴァッツ・シュラーフミッテルはヴァイス・モーゲンに住む人々の魔力を糧としていること。
「シュラーフミッテルに棲むものは、モーゲンの人間や動物を喰う。精や肉や骨を喰らうことで魔力を取り込み、自らが使う魔力とします。
モーゲンの人間たちは魔力を持っていなくても人間としての身体が維持できる。
ですが、我々シュラーフミッテルの者は違う。魔力がなければ身体や、存在の証である魔核を維持できないのです。」
シュラーフミッテルでは産まれた時から魔核を持つものしか生きられない。
作用秩序はいまだにわからないけれど、魔核を持たないお母さまはそのせいでお父様のいるこの世界で住めなかったらしい。
「ではルードヴィヒお兄さま、どうして私はここで暮らせるのですか?」
私を見て少し目を細めた。この人の癖だった。
「魔核のある場所は種族によります。銀狼族は胸部の真ん中に見えるのが普通です。ゾフィの母君であるサキュバスの一族は確か、下腹部の中にあると聞き及びました。
しかし私やゾフィは例外です。王の血をひく我ら王族は、魔核が右胸の内部にあるのです。」
そういって右胸のあたりを指で叩いた。
お兄さまは意地悪な微笑みを浮かべる。
「噂では、王となる者の魔核は5つあるとききます。貴女はいくつお持ちなのでしょうね。」
では今日はここまでにしましょう、とお兄さまは打ち切ってしまった。
1日の内に講義やら行儀作法やらを習い、昼にはお茶会、夜は晩餐会と色々な催しが毎日のようにある。
アルトゥシュタット城は青の灯りで照らされ、外から観ると闇夜に浮かび上がって見えるそうだ。
凍てつく夜の古城は、荘厳で、幻想的で、冷たかった。
こちらでの暮らしに慣れ始めた頃から、お父様は忙しくなった。
毎日、臣下と話し合い、地方領主と連絡を取り合い、執務室にこもるようになる。
お父様のお顔を拝見しない日が何日も続くのが普通になったある日、私は父に呼び出された。
「失礼します。レーナにございます。
お呼びときいて参りました。」
「ああ…久方ぶりだな、レーナ。呼び出してすまない。
世間話の一つでもしたいところだが、時間がないんだ。単刀直入に言う。」
久方ぶりに見たお父様は少しやつれていたように思う。そんなこと考える余裕もなく、初めて直に向けられる“王の目”に戸惑いを隠せないでいた。
いつも私を見るときだけは優しかったお父様は、その時から私に求めるものが変わったのだと、理解した。
「第2王女レーナ・マルゴット・エーレンフリートを私の世継として指名する。これからは王族としてではなく、総ての臣民を統べるものとしての自覚をもって研鑽に励むがよい。」
「…身に余る光栄にございます、我が王。若輩者ですが、次代を担う者としてより一層邁進いたします。」
「…これで、次の王は決まった。
今宵の夜会で披露を済ます。忙しくなるな。」
私がここにきてから、半年が経過していた。




