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宇宙船《ノクターン号》  作者: ひろゆら
第二章 山岳の星セリオン

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第7話 山道

山麓の着陸場は、斜面を削って造られた小さな平地だった。

舗装はされておらず、踏み固められた土の上に誘導灯が並んでいるだけだった。《ノクターン号》が降りると、着陸の振動で小石がいくつか転がった。

エイルは、タラップを降りながら周囲を見回した。

空が近い。

リュミナの海を見下ろす景色とも、宇宙ステーションの人工的な明るさとも、まったく違う。尾根の向こうに灰色の雲が低く広がり、風が草の匂いを運んでくる。谷底には白い霧が溜まり、山の輪郭だけが暗く浮かんでいた。

「思ったより、寒いな」

エイルが言うと、ミレアは荷物を確認しながら短く答えた。

「山だからね」

着陸場の端に、管理棟があった。扉の脇に道案内の標識が立っている。長年の風雨で色が薄れていたが、牧場の名前と矢印だけははっきり読めた。

ミレアは《ノクターン号》の荷物室のハッチを開け、積んでいた小型車両を降ろした。幌のない作業用の車両で、荷台に固定用のベルトがいくつか取り付けられている。

「こんなの積んでたの?」

「辺境の星に降りると、こういうのが役に立つのよ」

ミレアは車両の状態を確認しながら言った。

「途中まで行ったら、そこから先は歩き。荷物はここで固定しておく」

エイルはカプセルを荷台に載せるのを手伝った。固定ベルトを一本ずつ締め、揺れても動かないことを確かめる。

「多少の揺れは想定されてるけど、ゆっくり走るわ」

二人は乗り込んだ。エンジンが低く唸り、車両はゆっくりと動き出した。

車両は、最初のうちは快調だった。

舗装のない道を、タイヤがしっかりと踏みしめて進む。両側には岩場と低い草が続き、道の先には山の稜線が見えた。

エイルは荷台のカプセルを時々振り返りながら、窓の外を見た。

谷の向こうに、別の山が見える。その斜面にも細い道が走っていた。

「あっちにも道がある」

「別の牧場への道ね。セリオンは山道がいくつも走ってるから地元の人間じゃないと迷うわね」

ミレアは前を見たまま答えた。

しばらく走ると、道が細くなった。岩場を避けながら進む場所が増え、車両が大きく揺れることがある。エイルは荷台のカプセルに目をやった。こんな道を毎日行き来するなら、ドラゴンが必要なのも当然だった。

雲の色が、少しずつ暗くなっていた。

車両が止まったのは、大きな岩場の手前だった。

道はそこで途切れていた。正確には、道は続いているが、車両が通れる幅ではなくなっていた。岩と岩の間に、人がやっと通れるくらいの踏み跡が続いている。

ミレアはエンジンを切った。

「ここまでね」

エイルは外に出て、先の道を見た。岩場を縫うように続く細い踏み跡。その先は霧に霞んでいる。

「牧場まで、まだ遠い?」

「歩いて一時間半くらい。荷物があるから、もう少しかかるかもしれない」

カプセルを荷台から下ろし、背負子しょいこに固定した。エイルが背負うと、思ったより重かった。卵の重さとカプセル本体の重さが合わさっている。

「……これを、一時間半か」

ミレアは先に歩き出した。エイルは背負子を担ぎ直し、その後を追った。

岩場の道は、歩きにくかった。

足元に小石が多く、段差もある。エイルはカプセルが揺れるたびに気になったが、足を止めるわけにもいかなかった。

「揺れすぎてないかな」

「歩いてる分には問題ないわ。ゆっくり越えれば大丈夫よ」

道が折れ曲がり、岩棚の上に出たところで、エイルは背負子を下ろし、しばらく息をついた。

そこに立つと、来た道が一望できた。車両が、はるか下の岩場の手前に小さく見える。思ったより、遠くまで来ていた。

ミレアはカプセルの状態を確認した。温度計を見て、端末に記録する。

「温度は?」

「今のところ正常ね」

エイルが岩棚の端から谷を見ると、霧が少し濃くなっていて谷底は見えない。雲が白く渦を巻くように動いていた。

ミレアは空を見上げた。

雲の色がさらに暗くなり、風が少し強くなった。草が揺れ、岩棚の端で砂埃が舞う。

「天気が崩れそうね」

エイルも空を見た。灰色の雲が濃くなり、遠くから低い風の音が届いていた。

「雨になる?」

「なるわね。急いだ方がいい」

二人は立ち上がって、エイルは背負子を担ぎ直した。

山道の後半は、傾斜が急になった。

岩場を迂回する細い道が続き、足元に小石が増えた。エイルは慎重に足を置きながら進んだ。カプセルの重さが肩に食い込む。それでも、足は止めなかった。

背負っているものが何かを意識していたからかもしれなかった。

最初の雨粒が落ちてきたのは、急な坂を登り切った直後だった。

ぽつ、と音がして、岩の上に染みができる。続けてもう一粒。

エイルは空を見上げた。

「降ってきた」

「分かってる。急ぐわよ」

ミレアは速度を落とさなかった。雨はすぐに本降りになった。細かい雨粒が横から吹き付け、道の石が濡れて滑りやすくなる。

「ミレア、雨でカプセルが冷えてないかな?」

「断熱材があるから、すぐには影響しない。でも急いだ方がいいわ」

道が細くなった。岩壁に沿って進む場所で、足を踏み外せば斜面を転がる。エイルは岩壁に手を当てながら慎重に抜けた。

風が強くなった。雨が横向きに吹き付け、視界が霞んだ。道の先が白く煙っている。

「ミレア、道は合ってる?」

「合ってる。端末で確認してる」

ミレアの声は静かだった。慌てていない。それだけでエイルは少し落ち着いた。

そのとき、エイルの背中で何かが動いた。

小さな衝撃だった。

カプセルの中で、何かがぶつかった。

エイルは立ち止まった。

「……ミレア」

前を歩いていたミレアが振り返った。

「今、カプセルの中で何か動いた気がする。岩にぶつかったんじゃない。中から、押す感じがした」

ミレアはエイルの背中のカプセルを見た。温度計は正常を示している。警告灯もついていない。

「歩きながら様子を見ましょう」

エイルはうなずいた。

雨はさらに強くなった。

道の端に小さな水の流れができ始め、エイルは顔を伏せながら進んだ。やがて、道の脇に大きな岩の張り出しが見えてきた。岩が屋根のように張り出していて、その下は雨が当たらない。

「あそこで雨宿りするわ」

ミレアが言った。

二人は岩陰に入った。雨音が少し遠くなる。風もほとんど当たらない。

エイルは背負子を下ろし、カプセルの状態を確認しようとした。

そのとき、カプセルから小さな電子音が鳴った。

カプセルの側面の警告灯が、赤く点滅していた。

「温度が下がってる」

ミレアは素早くカプセルの表示を確認した。

「雨で断熱材が冷えてきたのね。放っておくとまずいわね」

ミレアは荷物から予備バッテリーを取り出し、カプセルのコネクタに繋いだ。

しばらく、二人は黙っていた。

雨が岩を叩く音。風が道を抜ける音。

警告灯は、まだ赤いままだった。

「まずい?」

エイルが聞いた。

「大丈夫よ。時間はかかるけど、戻るわ」

ミレアは表示から目を離さなかった。

エイルはカプセルを見た。さっき、中から押す感じがした。卵が動いていた。

「これ、孵化が始まってるのかな」

「かもしれないわね」

「早い?」

「予定よりは早いかもしれない。でも、この子を無事にリオラさんに渡せれば、それでいい」

エイルはカプセルを見たまま、黙っていた。

雨の音が続いていた。

警告灯が、赤から黄色に変わった。

「温度、戻ってる?」

「少しずつね」

ミレアは表示を見続けた。

しばらくして、警告灯が黄色から消えた。温度計が正常範囲に戻っている。

ミレアは小さく息を吐いた。

エイルは岩陰の外を見た。

雨が少し弱くなってきて、岩の向こうで風の音が静まりつつある。

やがて、雨は上がった。

雲の切れ間から、薄い光が差してきた。濡れた岩が光を受けて、かすかに光る。

「行きましょう」

エイルは背負子を担ぎ直した。さっきより重く感じた。気のせいではないかもしれなかった。

道の先の霧の中に、薄い灯りが見えた。

エイルは小さく呟いた。

「もうすぐだ……」

雨上がりの山道を、二人は牧場の灯りへ向かって進んでいった。

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