第6話 卵を運ぶ仕事
《ノクターン号》は、大きな宇宙ステーションの外側に係留されていた。
そこは惑星の上にある港ではない。いくつもの航路が交わる場所に造られた、人工の港だった。ステーションの外側にはいくつものドックが並び、船は接続アームで固定されている。通路の向こうでは、小型の作業車や運搬ドローンが、光る案内ラインに沿って荷物を運んでいた。
荷物室は、前より少し広く見えた。
エイルが床に残った固定具の跡を見ていると、背後からミレアの声がした。
「何を見てるの」
振り返ると、ミレアは作業用の上着を羽織り、入口に立っていた。片手にはステーションの案内端末を持っている。
「ここ、広くなったなって思って」
「荷物がなくなったからね」
ミレアは中を見回した。
「でも、いつまでも空いたままにはしておけない。次の仕事を探すわ」
「もう?」
「補給も整備も終わってるからね」
ミレアは端末を軽く掲げ、エイルに目を向けた。
「行くわよ」
「ついていっていい?」
「配送窓口を見るのも、勉強になるでしょ」
エイルは表情を明るくして、ミレアの後を追った。
宇宙ステーションの内部は、リュミナの第七浮遊港とはまったく違っていた。海を見下ろす展望通路も、観光客向けの店もない。通路は広いが飾り気は少なく、壁には航路案内と積み込み予定が並んでいる。床には光る案内ラインが走り、発着案内の声が流れ、整備用ドローンが低い羽音を立てて行き交っていた。
案内ラインを奥へ辿っていくと、配送窓口があった。
壁一面に、依頼情報が並んでいた。行き先、報酬、荷物の重さ、船の規格、到着期限。完了した依頼には灰色の線が引かれ、次々と新しい依頼が流れてくる。ミレアは慣れた様子で端末を接続し、画面を流し始めた。
エイルは横から画面を覗き込んだ。
「これは報酬が高い」
「航路が遠回りすぎる。燃料代を引いたら残らない」
「こっちは?」
「危険物。うちには許可がない」
エイルは小さく息を吐いた。
「仕事って、見つければいいだけじゃないんだ」
「船に合わない仕事は、受けたあとが大変なのよ」
ミレアは次の依頼を開き、すぐに閉じた。
「積める量、航路、期限、性質、降りる場所。全部見て決める」
「荷物を運ぶだけなのに」
「その〝だけ〟を間違えると、荷物も船も無事じゃ済まないよ」
そのとき、隣の端末を操作していた男が、こちらへ体を向けた。
「相変わらず、条件の見方が堅いね」
ミレアが振り向いた。
声をかけてきたのは、四十代くらいの男だった。短い上着に、胸には認証用のタグを下げている。顔には人懐こい笑みがあるが、目だけは、ミレアの反応を静かに測っていた。
「マロウ」
「久しぶりだな、ミレア船長」
「そんなに久しぶりでもないわ。三か月前でしょ」
「ここで働いてると、すぐだ」
マロウは肩をすくめた。それからエイルに目を向ける。
「そっちは?」
「エイルです」
「今はうちの船に乗せてるの」
マロウはうなずいた。
「マロウ・ゼン。荷物と船をつなぐ仕事をしてる」
ミレアは端末を下げた。
「それで、今回は?」
「セリオン行き。急ぎの配送だ」
「山岳の星ね」
「山と谷ばかりでな。着陸する側には手厳しい星だ」
エイルの目が動いた。
「セリオン……山岳の星?」
「ああ。雲の上に港がある、と思えばいい。大型船には難しい星だ」
ミレアが短く言った。
「それで、うちに」
「《ノクターン号》は古いが小回りが利く。大型船が入れない場所にも降りられる」
「依頼書を見せて」
マロウは端末を操作し、情報を送った。
ミレアは内容を確認し始めた。エイルも横から覗こうとしたが、細かい契約文ばかりで、さっぱり読めなかった。
「荷物は?」
「保温カプセルひとつ。生き物の輸送に使うやつだ」
「中身は」
「ポータードラゴンの卵だ」
エイルが顔を上げた。
「ドラゴン?」
「ポータードラゴン。セリオンでは荷運びに使われる小型の竜族だ。険しい山道でも荷物を運べる。船や車両が入れない場所では、こいつらの方が頼りになる」
「卵を運ぶの?」
「ああ。山奥の育成牧場まで届ける。受取人はリオラ・フェン」
「本来は定期輸送便で運ぶ予定だった」
ミレアが依頼書に目を通しながら言った。
「その定期便が止まっている。セリオンの天候が悪化していて、発着制限が出た。だがこの卵、もう孵化が近い」
エイルの表情が変わった。
マロウは静かに言った。
「割れ物より難しい荷物だ。中にいるものが生きている」
ミレアは依頼書を最後まで読み、端末を閉じた。
「孵化した場合の扱いは?」
「依頼書に明記してある。輸送中に孵化した場合は、幼体を保護し、受取人へ引き渡す。卵の殻を届ける仕事じゃない。中の子を無事に届ける仕事だ」
ミレアはマロウに向き直った。
「セリオンの発着制限が悪化した場合は?」
「山上の港に降りられなければ、山麓の着陸場を使うことになる。牧場からは遠くなる」
「山道を行くことになるかもしれないのね」
「ああ。道はある。ただ、楽な道ではない」
ミレアは短く息を吐いた。
「カプセルを確認してから決める」
「もちろん。こっちだ」
マロウの後に続いて、二人は保管室へ入った。
扉が開くと、空気が少し変わった。外の通路より静かで、温度も一定に保たれている。壁際には保温ケースや冷却ケースが並び、それぞれに状態を示すランプが灯っていた。
その一番奥に、丸みを帯びた大きなカプセルが固定されていた。
外側は白い断熱材で覆われ、側面には温度計と警告灯がついている。上部の小窓は曇りガラスのようになっていて、中身ははっきり見えない。
エイルは、足を止めた。
「これが……」
「ポータードラゴンの卵だ」
マロウはカプセルの表示を示した。
「殻は硬いが、衝撃に強いわけじゃない。温度を落としすぎてもまずい。揺らしすぎてもよくない」
ミレアは端末にカプセル情報を取り込み、船へ送った。
「クロード、読める?」
少し間を置いて、船のAIの声が端末から返ってきた。
『受信しました。保温カプセルの温度管理機能は正常範囲内です。振動も問題ありません』
「セリオンまで持つ?」
『予定通りの航行であれば問題ありません。ただし、到着後に時間がかかる場合は、カプセルを外部電源に繋ぐ必要があります』
「遅れない方がいい荷物ね」
『はい』
ミレアはカプセルの固定具を確認すると、マロウに向き直った。
「引き受けるわ。積み込みはこちらの指示でやる。固定位置もこちらで決める」
マロウはうなずいた。
「了解した」
積み込みは、いつもの貨物よりも慎重に行われた。
カプセルは専用の運搬台に載せられ、ゆっくりと通路を進んだ。作業員たちは段差の前で必ず止まり、床の継ぎ目を越えるたびに速度を落とした。ミレアはその横を歩きながら、カプセルの状態を確認していた。
《ノクターン号》の荷物室に入ると、クロードが照明を少し明るくした。
『荷物室の設定を卵の輸送用に変更します』
カプセルは、荷物室の中央から少しずらした場所に固定された。壁に近すぎず、揺れが集中しにくい位置だった。
衝撃吸収材が床に取り付けられ、保温材が周囲に重ねられていく。固定ベルトが一本ずつ締められ、最後にミレアが手で緩みを確かめた。
「カプセルの状態は?」
『温度、振動、電源、すべて正常です』
ミレアはようやく一歩下がった。
「これでいい」
マロウは正式な依頼書をミレアに送った。
契約が成立したことを示す短い電子音が鳴る。
エイルは、その音を聞きながらカプセルを見つめた。
出港前、マロウはタラップの下でミレアに言った。
「リオラ・フェンには、出発通知を入れておく」
「分かった」
「卵を頼んだよ」
最後の言葉は、エイルにも向けられていた。
エイルは少し背筋を伸ばした。
「はい」
タラップが閉じ、外の音が遠くなった。
ミレアはブリッジへ向かった。出港前の確認があるからだ。
エイルはひとり、荷物室に残った。
カプセルは固定されたまま、静かに立っている。
表示灯は正常を示し、警告灯もついていない。
エイルはゆっくりしゃがみ込み、小窓と同じ高さに目線を合わせた。
「……ちゃんと届けるから」
荷物室には、船の低い駆動音だけが響いていた。
《ノクターン号》は、宇宙ステーションを離れた。
接続アームが外れ、船体がゆっくりとドックの外へ押し出される。窓の外で、ステーションの灯りが遠ざかっていく。
ブリッジには、航路図が浮かんでいた。
目的地は、山岳の星セリオン。
クロードが淡々と情報を読み上げる。
『セリオン周辺は上空の風が強めです。山上の港への着陸に制限が出ています。山麓の着陸場なら降りられます』
「OK、山麓の着陸場に降りるわ」
エイルは窓の外を見た。
「卵を持って山道を行くってこと?」
「そうね」
ミレアは前を見たまま答えた。
「大丈夫かな」
「さあ。でも、大丈夫にするのが仕事よ」
エイルは黙って、窓の外を見た。
航行時間が過ぎていく。
窓の外の星の流れが変わり、航路図の端にセリオンの表示が近づいてきた。
ミレアは操縦席で姿勢制御を調整し、クロードは気象情報と着陸候補地を更新している。
『セリオン接近。あと十八分で大気圏に入ります』
エイルは窓の前へ行った。
最初に見えたのは、青白い大気の輪だった。
それから、雲。
海のように広がる雲の下から、高い山々が突き出していた。尾根は鋭く、影は深い。谷には白い雲がたまり、山の斜面には小さな灯りが点々と並んでいる。
リュミナの海とはまったく違う景色だった。
水の代わりに、山がある。
波の代わりに、雲が流れている。
「見えてきた」
ミレアが言った。
「あれがセリオンよ」
エイルは窓の外を見つめた。
山の上に港がある。
雲の下にも、まだ道が続いている。
その奥に、ポータードラゴンの卵を待っている牧場がある。
そのとき、クロードの声が静かに割り込んだ。
『山上の港への着陸制限が更新されました。現時点で、山上の港への降下は許可されていません』
ミレアは操縦席で目を細めた。
「山麓ね」
『はい。牧場までの地上移動が必要になる可能性が高くなりました』
エイルはもう一度、窓の外の山を見た。雲は深く、山道はまだ見えない。
その奥に、何かが待っている気がした。
《ノクターン号》は、雲に沈む山岳の星へ近づいていった。




