第12話 砂漠の町メルザバード
砂の星ザハルの玄関口、サマルカーラを出て三日目になる。商隊が水を積み、夜を明かした水場を発ってからは、半日が過ぎた。
二つの商隊が連なって、砂漠の真ん中を進んでいた。先頭の車体が巻き上げる砂塵が、後ろまで長く尾を引いている。
景色の中で変わるものは、砂の色くらいだった。朝は白っぽかった砂が、昼に近づくにつれて、薄い黄色を帯びてくる。日差しは今日も強く、乗客は日よけの陰から、ほとんど動かなかった。
「だからよ、メルザバードに着いたら、まず市場だよ。あそこの干し肉は、塩が違うんだよ」
ボルグは、朝からよく喋っていた。ミレアは日よけの下で目を閉じたまま、ときどき、相槌ともつかない返事を挟んでいる。エイルはその隣で、律儀に聞いていた。
話の切れ目を待って、エイルが口を開いた。
「二人とも、相手の荷物が何かは、聞かないんだね」
同じ町へ荷物を運びながら、ミレアもボルグも、互いの積み荷のことは一度も口にしていなかった。
「聞かねえのが決まりだからな」
ボルグが答えた。
「荷物ってのは、預けた客と、預かった運び屋のあいだの話だ。よそものが知る筋合いはねえのさ」
「っても、決まりなんざ三つしかねえ」
ボルグは、太い指を一本立てた。
「ひとつ。他人の積荷は詮索しない」
二本目が立った。
「ふたつ。貸し借りは精算する」
それから、ミレアのほうへ顎をしゃくった。
「水場のあれも、忘れてねえぜ」
「利子は取らないんでしょ」
ミレアが、目を開けずに言った。
「おう。だが踏み倒してみな。次の港に着くころにゃ、銀河中の運び屋に知れてるぜ」
ボルグは三本目の指を立てて、少しだけ間を置いた。
「みっつ。遭難信号は、無視しない」
声の調子が、それまでと違っていた。
「……宇宙で、ですか?」
「宇宙でも、海でも、砂の上でもだ。場所は関係ねえ」
ミレアが目を開けて、ちらりとボルグを見たが、何も言わなかった。
ボルグはもう指を下ろして、メルザバードの宿の選び方を喋りはじめていた。
そこへ、隣にいた年配の商人が口を挟んだ。
「メルザバードの宿なら、あんたより俺のほうが詳しいぜ」
「ほう、言ったな」
それからは、宿の良し悪しにはじまり、話は塩の相場へ移って、声はどんどん大きくなっていく。
エイルが横を見ると、ミレアは目を閉じたままだった。寝ているのか、聞き流しているのか、分からなかった。
日が落ちる前に、商隊は停まった。
町でも水場でもない、砂漠の真ん中だった。
夜の砂漠は走らない。明るいうちに火を焚いて泊まり、夜が明けてから発つ。
その夜も、車体から降ろした荷物のそばで見張りをした。エイルが焚き火の支度をすませるころには、並んだ車体のあいだのあちこちで、火が点きはじめていた。
ボルグは「じゃあな」と言って、二つ前の車体へ戻っていった。あれだけ喋っていても、自分の荷物の見張りには、きっちり戻るらしかった。
火の番をしながら、エイルが聞いた。
「明日には、着くんだよね?」
「メルザバードにはね。私たちの届け先は、さらにその先よ」
ミレアは毛布を引き寄せて、横になった。
「先に寝るわ。何かあったら起こして」
夜は、何事もなく明けた。
四日目の朝、エイルは配られた水を半分だけ飲むと、ボトルの蓋を締めて足元に置いた。
昼前に、反対へ向かう商隊とすれ違った。連なった車体が遠くをゆっくりと過ぎていき、双方の乗り手が、手を上げて挨拶を交わした。
昼の暑い盛りになると、ボルグの声が途切れた。見ると、腕を組んだまま、日よけの下で眠っていた。
「やっと静かになったぜ」
商人が笑い、それからしばらく、エンジンの音だけが続いた。
日が傾きはじめたころ、商人が手すりから身を乗り出した。
「見えたぞ」
地平線に横たわっていた長い土色の線は、近づくにつれて高い壁になり、やがてその上に、屋根がいくつも覗きはじめた。
「メルザバードだ」
それからも、町はなかなか近づかなかった。壁の色がはっきりし、門の暗がりが見え、その下を行き来する人が見分けられるころには、日はだいぶ傾いていた。
壁は左右へゆるやかに曲がって町を抱え込み、その外に、商隊の乗り場が広がっていた。サンドクローラーが先に着いた車体の横へ並んで停まると、巻き上げた砂塵が、車体のまわりに落ちた。
乗り場は、サマルカーラのものよりずっと広かった。ほかにもいくつもの商隊が停まり、車体から車体へと荷物が積み替えられていく。掲げられた案内板の行き先は、どれも違っていた。
荷下ろしのあいだに、年配の商人が、エイルの肩を軽く叩いて降りていった。
「水の飲み方、忘れんなよ」
「はい。ありがとうございました」
商人は片手を上げて、人混みに消えていった。
白衣の巡礼者の一団も、商隊を降りた。少ない荷物を担ぎ直すと、門へは向かわず、乗り場の隅に固まって座り込む。
「連中は、ここから先は歩きだ」
二つ前の車体から自分の荷物を担いで戻ってきたボルグが言った。
「最後の道のりは自分の足で歩く。そういう作法なんだとよ」
ミレアは何も言わずに、門のほうへ歩き出した。
高い門の下を、人と荷物が絶え間なく行き交っている。くぐると、通りはそのまま市場になっていた。
日の落ちかけた通りは、まだ賑わっていた。店先には、香辛料の袋や布の山、干した果物が並んでいる。その先の一角に、白い塊を積み上げた店があった。店員が金槌でそれを打ち欠き、客の求めるぶんだけ量って渡している。
「あれ、全部塩?」
「メルザバードの塩よ。ボルグが言ってたでしょ」
市場の外れまで来ると、給水所があった。革袋や瓶を抱えた人々が、列を作って水を買っている。
宿は、その先にあった。ボルグと同じ宿に部屋を取ると、揚水機の部品の木箱を部屋まで運び込む。窓からは、市場に張られた日よけの布が見下ろせた。
日が暮れると、ボルグが二人を市場へ引っ張っていった。
「言ったろうが。まずは市場だ」
連れて行かれた屋台では、炙った干し肉を薄いパンに挟んで出していた。ボルグは三人分をまとめて頼み、自分のぶんを立ったまま食いはじめた。
エイルもひと口かじって、目を見開いた。
「うまい!」
「だろうが。塩が違うんだよ、塩が」
ミレアもひと口食べて、肩をすくめた。
「ボルグが言うだけのことは、あるわね」
ボルグが、得意げに鼻を鳴らした。
腹を満たして宿へ向かうと、市場の店は一つ、また一つと明かりを落としていた。人通りも減り、三人が部屋に帰るころには、町はすっかり静まり返っていた。
翌朝。
夜明けの通りはまだ静かで、市場の店はどれも閉まっていた。三人が荷物を担いで門を出ると、乗り場の端にバギー屋があった。
屋根だけの作業場に、小さな車が数台並んでいた。幅の広い車輪に、骨組みがむき出しの車体。サンドクローラーの横に置いたら、見落としてしまいそうな大きさだった。
「これで、砂漠を走るの?」
「そうよ。これでオアシスの町トルファラまで行くの」
作業場の奥から、日に焼けた中年の男が出てきた。
「ハサドだ。どこまで行く」
「トルファラまで。三人で荷物がこれだけ」
ミレアが言うと、ハサドは荷物を一瞥して、短く値段を言った。
「高えな」
ボルグが割って入った。
「届け先が同じ客が二口、一台にまとまってんだ。手間は一回で済む。まけろ」
少し考えて、別の数字を言った。
「もうひと声」
「それが限界だよ」
「よし、乗った」
ボルグが手を打った。ミレアが続ける。
「トルファラまでどのくらい?」
「砂が良けりゃ、日暮れ前に着く」
「戻りは?」
「向こうで一晩寝て、朝に戻る。俺の宿代はそっち持ちだ」
ミレアは頷いた。前金は、その場でボルグと半分ずつ払った。
揚水機の部品の木箱を、荷台に積んで縛りつける。
ボルグは、布を掛けた自分の荷物を、最後にそっと載せた。あれだけの力があるのに、置くときは音ひとつ立てなかった。
荷台は、それだけでほとんど埋まっていた。そして、三人も乗り込む。
ハサドがエンジンをかけると、高く乾いた音が鳴った。腹の底に響いたサンドクローラーの音とは、まるで違う。
アクセルを踏むと、バギーは一気に加速した。エイルは後ろへ放り出されそうになり、あわてて骨組みを掴んだ。
正面から風が顔に当たり、車体が跳ねるたびに、尻が浮いた。手を伸ばせば届きそうなところを砂が流れていく。
ハサドは、まっすぐには走らなかった。柔らかい砂を避けて、車をたえず左右に振っていく。それでも時々、後輪が流れた。
骨組みを掴んだままのエイルに、ボルグが言った。
「サンドクローラーとは勝手が違うだろ。あれは底が広くて、重さが散るから沈まねえ。こいつは小せえぶん、柔らけえ砂に突っ込むと埋まっちまう」
ミレアは、どう車を操るのか、ハサドの手元を目で追っていた。
昼を過ぎたころ、前方の砂の上に、白い点がいくつか見えてきた。
近づくと、白衣の巡礼者が十人ほど、一列になって、一歩ずつ砂を踏んで進んでいた。
バギーが進路を少しずらして脇を抜けても、列は乱れなかった。
ハサドが、空を気にしはじめ、何も言わずにバギーの速度を上げた。
「急ぐの?」
ミレアが聞いた。
「風が変わった。天気が荒れる前に着いておきたい」
ハサドはそれだけ言って、前を向いた。
ミレアが振り返ると、来た方角の地平線が、うっすらと濁りはじめていた。
トルファラまで、あと半日。バギーは、走り続けた。




