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誠実という名の鎖に繋がれた国母は、微笑みながら毒を飲む  作者: 蒼宙 つむぎ


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8.

 わたくしはヤスミンに合図をし、4つ折りにされた一枚の紙を出してもらいました。

 そして、開いて書かれた内容を上から黙読し、不備がないか確認いたします。

 たぶん、これが最善のはず、ですわ。


 わたくしはキュッと口を引き結び、渇いた喉でコクリと息を飲んだ。

 そして、ゆっくりと口を開き――


「王妃様、婚約を飲むには――、条件が、ございます」


「条件?」


「はい。王妃様に対して、不敬かと思いましたが、わたくしは家族を守りたいのです」


「……そう。それで?条件というのを伺いましょうか」


「……はい」



 わたくしは、紙に書いておいた条件を読み上げていきました。


 1.エリザベート・オーエンツォの家門であるオーエンツォ伯爵家、並びにその傘下や分家に危害を与え、エリザベート・オーエンツォを脅迫しない。


 2.フィリクス・リヒタインの家門であるリヒタイン侯爵家、並びにその傘下や分家に危害を与え、フィリクス・リヒタイン及びエリザベート・オーエンツォを脅迫しない。


 3.エリザベート・オーエンツォが王家に輿入れした際は、衣食住の安全を厳守する。


 4.エリザベート・オーエンツォが王家に輿入れした際は、議会への発言を許可する。


 5.エリザベート・オーエンツォに閨を強要しない。


 6.3年で子を成さなければ離縁する。


 7.フランクリン王子は側妃を迎えず、他の女性と子を成さない。



 わたくしは読み上げた後、王妃様の後ろに控えておりましたクラリスに紙を渡し、王妃様へと届けていただきました。


 正直、かなりの無茶を並べました。

 ですが、王妃様のご意見を伺いたいと思います。



「……なかなか、ね。面白いけど……」

 カトリーン様は息を吐きながら紙をゆっくりとテーブルに置き、思案しておられます。


 さて、いかがいたしますか?

 どこまで、了承くださいますか?


「……」

 わたくしは何も言わず、目を軽く伏せてじっと待ちました。


 どれくらいの時間が経ったでしょうか。

 この温室には時間を示すものはございません。

 わたくしたちが座っておりますこの場所は、日の光が直接当たることはございません。

 ゆっくりと、ゆっくりと――、この場所だけ穏やかな時間が流れておりました。



「エリザベート、貴方の考えを受け止めました」

 王妃様の声にハッとなり、瞼を上げました。


「どこまで可能なのかは、正直ここでは申せません。近日中に沙汰を出しますので、少しお待ちなさいな」

 まっすぐにわたくしを見ながら答えてくれました。


 なるほど、ですわ。

 すぐに答えはしない。交渉事で大事なことです。

 事前に条件を出していればそれに対しての答えを、今出してくれていたでしょうね。


「かしこまりました。よろしくお願いいたします」

 座ったままですが、頭を垂れ、感謝の気持ちを伝えます。

 後ろでは、ヤスミンが深く深く頭を下げております。



「堅苦しいお話はここまで。ところで、エリザベート。今日は黒いドレスにしたのですね」

 カトリーン様は先ほどまでと打って変わって柔らかい口調で話しかけてまいりました。


「はい。婚約を受ける条件を出す、ということは、わたくしの気持ちに蓋をすると言うこと、なので……。婚約しておりました方への想いを、葬る気持ちで黒にいたしました。申し訳、ございません。フランクリン様のご母堂様にこんなことを言うなんて、不敬ですわ」

 どういたしましょう。

 つい、本音を言ってしまいました。

 膝の上で握りしめておりました手に汗が噴き出してまいりましたわ。


「エリザベート、いいのですよ。貴方たちが深く信頼し合い、想いを寄せていたと聞いております。……辛い想いをさせて、ごめんなさいね。でも、前にも言いましたが、きちんと正しますから。時間はかかるけど、待っていて欲しいの。悪いようには致しません」


「カトリーン様……」


 カトリーン様は、今にも泣きそうなお顔をしておりますわ。

 どうして、そんな顔をされるのですか?

 なぜ、そのようなことを言うのでしょうか……。




 わたくしは、その後すぐに御前を失礼し、馬車寄せへと向かいました。


「エリザベート様、王妃様からの言伝は私かダーニエルが直接お持ちいたします。それ以外は受け取らなくていいとのことです」

 道案内をしてくれておりますクラリスは歩きながらそのように申して来ました。


「よろしいのですか?わたくしたちでは拒否できないかと思いますが……」

 王家からですと言われれば、受け取らなければなりませんわよね?


「大丈夫でございます。王妃様より書状をいただいております。公国王のオリヴァー様であっても受け取らなくて問題ありません」

 あら、よろしいのね。それは助かりますわ。


 わたくしたちは馬車に乗り込む際、クラリス様より書状を受け取り、家路を急ぎました。

 誰かに絡まれたくありませんし、わたくしにはやることがまだありますからね。




 **********


「フィリクス、出てきてもいいですよ」

 わたくしは茂みに向かって声を掛けました。


 ガサガサと草を掻き分けて、フィリクス・リヒタインがやって参ります。

「カトリーン様、ありがとうございます」

 晴れた空色の瞳の爽やかな青年がゆっくりと笑みを浮かべております。


「フィリクス、これを読んでみなさい。エリザベートの貴方への想いが読み取れましてよ」

 紙を持ち上げそっと差し出しますと、彼は膝をついて受け取りました。


「拝読いたします」

 そう言って、大事そうにその紙を持ち、じっくりと呼んでおります。

 目が左右に1・2度揺れ、ぴたりと止まりました。

 そして、目を大きく見開いています。


「フィリクス、愛されていますわね」

 少し、意地悪な言い方をしてみました。


「……はい」

 掠れた声で、それだけ答えました。

 ですが、両耳と鼻が赤くなっていますわ。

 それに、よく見ると目に薄く涙が見えますわね……。

 羨ましいですわ。

 それだけ想い想われる相手がいるなんて。


 エリザベートは婚約の条件に、フィリクスの身の安全を入れてきました。

 フィリクスを脅迫することを防ぐために

 愛する人を守るために。

 自分が犠牲になるから――、と。



「フィリクス、道のりは長く、険しいです。でも、頑張りましょう」

 わたくしは、そう言って彼の頭を撫でました。


「はい。……母上」

 小さな小さな声で、彼はわたくしに答えました。



 フィリクス、わたくしの大事な息子。

 今ここだけでは、親子でいられます。

 貴方のためにも、母は頑張りますわ。


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