80.裏END
この国で長く暮らし、今日、大きな節目を迎える。
俺は一人、回廊を歩いていた。
一歩一歩、ゆっくりと。
「リズ。あと少しで着く。もう少し待っていてくれ」
俺は声を掛けた。腕の中で浅い眠りについている最愛に。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
だが、その息はとても細く、今にも消えそうなくらいだ。
あと少しで着くから、もう少し頑張ってくれ。
俺は、今度は心の中で彼女に声を掛けた。
彼女は、小さく頷いた。
******
俺はフランクリンでありフィリクスであるが、その前にも日本で暮らしていた記憶がある。
しがない研究員で、毎日毎日ぎゅうぎゅうに詰め込まれた電車に乗って通勤したものだ。
同じことを繰り返す日々に退屈していた。魚の死んだような目をしていると母親から言われ、それでもその退屈さが生きるための糧を得ていると思えて安心している自分がいた。
そんな時、何気なく見ていたPCの画面に中世の絵画の画像を見つけた。
俺は、その絵から目を離すことが出来なかった。
これから起こるであろう試練に恐れおののく少女の顔が、儚くありながらも気丈に立っている姿に、俺は恋をした。プラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳。
俺は気になったその絵を検索して見つけた。名前は、エリザベート。気高く清廉な貴族令嬢だった。
俺は過去に存在した彼女を助けてあげることはできない。だが、妄想の中で彼女を幸せにしたいと考えた。
最近は素人でも小説を書いて投稿できるサイトがたくさんあると知った。絵を描くのは苦手だが、昔から読書が好きだったので小説を書くことにした。
時代背景や舞台になる国、言語は何がいいかなどくまなく調べて時間があれば執筆をして投稿した。
読者はそれほどいなかったが、それでもこの小説の中でエリザベートは幸せな暮らしを送っていたので満足していた。
それなのに、こともあろうか俺が書いた小説を乗っ取った奴がいた。時代背景も登場人物も全員が全く同じ。だが一人のヒロインが追加され、悪役令嬢にされてしまったエリザベート。そして、最後は断罪され処刑されてしまって完結になった。
腹が立った。自分が書いた小説を勝手に使われ、勝手にアレンジされ、俺が望んだ世界を穢されたと思った。そしてその話が受けて、書籍化されると知った。絶望だった。
“書籍化”の文字を見て息をするのも馬鹿らしく感じていた。ふらふらと駅のホームへ向かおうと階段を登ろうとした時だった。その声が、話の内容が聞こえて、血が沸き立つ感覚を覚えたんだ。
「彩音!あんた凄いわね!高校生なのに小説家?!しかも書籍化するなんて」
「えヘヘ。凄いでしょう。……でもね、実は他の作品をちょこっと今風に変えただけなんだよね~。それでお金が入るんだから、私ってやっぱりすごいじゃん!」
「え!盗作なんじゃないの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。投稿サイトに載っていたものだし、そんなに読者いないみたいだし。それにさ……、主人公のエリザベートって令嬢がムカついたのよ。いかにも令嬢ですって言葉使いでさ、常識ぶっててムカついたから、最後は断罪して処刑にしてやったんだ」
――は?
エリザベートを処刑した?
ちょっと今風にしてみた?
俺は、すれ違いざまに聞いた会話に驚いて振り返った。
書籍化する作家の名前は“佐藤彩音”だった。
“彩音“と呼ばれていたから、本名なのかもしれない。
いや、それより、この女は盗作したことを認めた。
そして好き勝手書き換えやがったんだ。
俺は、頭に血が上った。頭がガンガンして痛く感じる。吐き気を感じて何とか口で呼吸をして落ち着こうと思った。
だけど、無理だった。
「元の話を書いた奴、きっとエリザベートが好きだったんだろうね。書かれている感情が、気持ち悪いくらいだったわ!」
佐藤彩音はそう言って、高笑いをし始めた。
プチン……と何かが切れた音がした。
次の瞬間、俺は佐藤彩音につかみかかっていた。
「お前か!お前が無茶苦茶にしたのか!」
佐藤彩音はびっくりした顔をして後ずさった。
ここは、駅のホームへ向かう長い長い階段だった。
俺と佐藤彩音は、階段から落ちてしまい、そこで視界が真っ暗になった――。
次に目が覚めると、俺は知らない天井を見上げていた。どこだろうと顔を横に向けたが全く見覚えもないし、違和感しかなかった。何かがわからないかと手探りしようとした自分の手があまりにも小さく、驚いた声は会話を成さない。瞬時に理解してしまった。俺は、赤子になったのだと――。
ゆっくりと時間が流れ、周りの言葉を理解で切っるようになって、更に驚いた。俺は自分が書いた小説の男主人公と同じ名前だった。母親の名前も、乳母の名前も、俺が付けた名前ばかりだった。
「……」
俺は、そんなことないと思いたかったが、認めざるを得ない。
転生したのだということを――。
転生したことを認めた後は、できるだけのことをした。赤子の身では取り換え子を防ぐことはできなかったが、文字を書くことが出来るようになると備忘録をつけてこれから起こることに備えた。
そして、あの日がやってきた。
エリザベートと初めて出会った。なんという可愛さ。子どもらしいふっくらとした頬にプラチナブロンドの髪、煌めく翡翠の瞳。全てが俺の感情を鷲掴みにした。
やっと会えた。
出会ってすぐなのに、愛する気持ちが溢れてきた。
俺は、彼女と幸せになりたい。
そうだ、俺が幸せにすればいいんだ!
俺は勉学に勤しみ、剣を持って体を鍛えた。すべてはエリザベートを幸せにするために。
俺は周りの大人に根回しをし、婚約をした。さらに血のつながらない父親との関係を密にしこの世界を把握した。
血のつながらない母親はとにかくクズだった。男にだらしなく、好き勝手していた。それをユーリウス父上は見て見ぬふり。オリヴァー公国王の命に逆らえなかったようだが、そんなのはおかしかった。
「もしかして、これが“強制力”なのか?」
もしやと思い、とある貴族の家に忍び込んだ。
「……」
あのヒロインが、わがまま放題している。しかも日本のギャルのような言葉使いだ。
「まさか、佐藤彩音……だったりするのか?」
怖くなった。あいつの思い通りになるなんて、考えたくない。
だが、まだあの女は気が付いていない。俺がいることを。
俺はさらに方々に手を回し、環境を整えていった。
青年になり、フランクリンがヒロインのアイシャと馬鹿なことをしているとわかってすぐ、フランクリンの婚約者には他国の公爵嫡男との縁組を用意し感謝された。
俺との婚約は解消になってしまったが、俺がフランクリンと入れ替われば問題ない。実母のカトリーン王妃には学院に上がる前に接触して交流を持っているから何とかなるだろう。
とにかく、できうる限りの時間を駆使し、道を作っていった。エリザベートの行動力に時々慌てたが、魔王とも接触できたのは良かった。魔王との契約を俺にするつもりがリズの強情さで変更できなかったのは心残りだったが。
それにしても、リズの向上心には感服した。言語は5か国語話せるし、俺たちの秘密のサインも問題ないし。才女、才媛とはリズのことだ。
ここにきて、大番狂わせがあった。
パメーラの裏の顔が深すぎたのだ。
思いのほか動きがつかめないと思っていたら、南国では暗部に在籍していたらしい。そして、自分が若いうちに財力を蓄えておこうとこの公国に潜んで王妃になろうとして失敗した。そして、その失敗が悔しくて居座るなどと誰が予想できるだろうか。
ああ、そうか。
俺は小説の中のことだと思っていたが、この世界の人々も生きているんだ。
だから、それぞれの意思を持って行動しているから俺が全てを操作できないんだ。
慎重にならなければならないが、人の意思を曲げることは難しい。
公国は発展途上真っ盛りだから治世も穴だらけだった。貧困のために子供を捨てる大人がたくさんいたし、花を売る女性も意外に多い。
リズを幸せにすることは決まっているが、それだけでいいとは言えない。民もみんな生きているのだから。できる限り、人々を守りたい気持ちがふつふつと湧き上がっていることにある日気が付き、この公国の王になろうと心に誓った。
なんだかんだと忙しない日々を何とかかいくぐり、リズと結婚した。
はるか昔に、一目ぼれした少女を救うために書き始めた小説の中の、俺の理想の女性。
もうそんなこと、どうでもいいくらいに惚れて、めちゃくちゃ惚れて、どうしたらいいのかわからないくらいに惚れた女と結婚。
初めての閨で俺は獣になった。
前世でも女性との接触がなかった俺が、惚れた女と一緒になれるんだ。がっついても仕方がないだろう?
ああ、ヒロイン、アイシャは捕まえて北の棟で拷問した。泣き叫ぼうが許せるわけがない。佐藤彩音は、また転生できるとかどうせ小説の中だからと、高をくくっている。
この世界の人間も生きていて、それぞれが意思を持っているというのに、自分の思う通りに行くと信じているのが間違っている。その間違いを、今痛いほど身に染みているだろう。
だからと言って、すんなり死なせるものか。現実を遠くから見せて、日々懺悔させると決めたからな。義弟のルーイスに対するしでかしも、自身が同じ目に合って泣き叫んでいたが、遅いんだよ――。
フランクリンは……、あいつも犠牲者だということがわかって、俺も反省した。もっと交流を持てばよかったのかもしれない。愛情に飢えていたのに手を差し伸べなかったのは、王子だからとちやほやされているだろうと勝手に思い、どこか反抗心があったのだろう。だから、最後はゆっくりと過ごして欲しいと思ったのに、パメーラの手によって歩くのが難しくなってしまった。俺も片目を失ったが、フランクリンは実の母親に殺されかけたんだ。心が絶望に飲み込まれかけたと思う。それでも奇跡的に杖をついて歩けるようにまでなったのは養護院での生活が合っていたのだろう。知識を教え、感謝されることに生きる希望が持て、懸命に人々に手を差し伸べていった彼は、後に大司祭となった。「慈悲の大司祭」という二つ名は後世にまで語られるのではないだろうか。
そう言えば、養護院の子供たちの世話をしながらも自身の欲望を捨てられなかったスヴェンは、パメーラの失脚により自暴自棄となったが、フランクリンの世話を行動を共にするにつれて改心したようだ。大司祭の側近として多くの人から崇められていた。本人は毒気が抜けて何とも思っていないようだったが。
ミヒャエルは大国の子息という身分を捨てヤスミンと夫婦になり、リズの世話をやいてくれた。子も2人。俺たちの子供の側近となることは決まっている。
クラリスとダーニエルは、今も変わらずリズの後をついてくる。歳もとっているようには見えない。まあ、魔族だからそう言うものなのだろう。この後はどうするのか、少し心配だが、霊廟を守ってくれると信じている。
北の棟は、もうかなり前に閉鎖した。
世話役は悲しそうにしていたが、リズが泣くので足を運ぶことをやめることにしたんだ。
アイシャとパメーラは、そのうち食べるものもなく、勝手に朽ち果てるだろう。
2人にとっては喜ばしいことだったかもしれない。
毎日痛めつけられることもなく、望んだ死を迎えれるのだから。
ああ……、他には何があっただろうか。
俺も歳をとったから忘れたこともあるな。
だが、公国から準王国になり、更には王国にまでなったんだ。万事うまくいったということだな。
******
そうして俺は、リズと共に霊廟に到着した。
後ろを振り返り、後ろについてきた次期国王のアンセルムに声を掛けた。
「これから、この国を頼む」
「……はい」
「泣くな」
「……はい」
「泣いているだろうが……。まあ、寂しくなったらこの霊廟に来たらいい。“俺達”はここにいる。肉体は動かなくとも、魂はずっとここにいる」
「……は、はい」
「アンセルム、お前には多くのものを背をわせる。悪いな。でも、リズがもう限界なんだ。……俺はリズと共に逝く。リズのいない世界は、俺がもたないからな」
「う……。はい――」
「……リズ。アンセルムに挨拶したいのか」
リズが手を伸ばしているのでアンセルムを呼びよせた。
リズは、アンセルムの頭を撫で、指を動かし最後の会話をした。
『愛しているわ』
「うう……。母上……。俺も愛しています」
次期国王が、ぐしゃぐしゃに泣いて……。
「それでは、後のことは任せた。皆、元気で」
俺とリズは、固く閉じられた霊廟の門をくぐった。
ひんやりとしたここは、歴代の王族が眠っている。
肉体は動かないが、魂はここを飛び交っている。
「あ、カトリーン母上が迎えに来たよ、リズ」
リズに話しかけた。
リズは小さく頷いた。
俺達は奥へ奥へと進んで行き、少し大きめの棺へ足を入れた。
ああ、リズの目が、閉じていく。
「リズ、俺もすぐにそっちに行くから、安心して」
リズは、最後に柔らかく笑い、永遠に目を閉じた。
「ああ、リズ。やっぱり君は美しい」
額に口づけをし、抱きしめた。
鼓動は、ゆっくりと音をひそめ、完全に止まったのを確認した。
「リズ、愛しているよ」
俺は持ってきたガラス瓶の液体を飲み干し、リズをもう一度抱きしめた。
そうして、俺の鼓動も、永遠に止まった。
俺達はこの霊廟からは未来永劫出ることはない。
魂となり、永遠にここにとどまるのだ。
そう、これが俺が書いた小説の、最後の最高の愛の証明だから。
そう言えば、俺が書いた小説に、「これはフィクションです」と書いていなかったような気がする。
もし、この話を読んでいる小説家がいたら、この一文を書き加えることを切に願う。
何故って?
それは、今生きている人生を、精一杯生きて欲しいから。
次があるからと言って、命を無駄にしないでくれ。
俺は、精一杯生きたのだから。
※最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
上手く書けたかどうか、よくわかりません。
ですが、彼らの話を書ききれて、よかったです。
少しでも何かを感じてくれたら、うれしいです。




