79.表END
離宮から、ハミングが聞こえてくる。
ほんの少し音が外れているそれは、子守歌だ。
さてはて、これを聞いている赤子は音痴にならないだろうか……と周りは心配する。
だが、これはこれで、とても愛らしい――。
「ああ!お世話は私がしますから!少し横になってください!」
ヤスミンが怒っております。
「本当に!いつもご無理なさるのですから」
呆れ口調のクラリスが溜息をつきます。
ふふふ。少しくらい無理をしても、仕方ないではありませんか。
こんなにも我が子が、可愛いのですから。
福福とした頬が、霞み一つない晴れた青空色のつぶらな瞳が、ぷっくりとした手の甲に窪みが出来ているキンダーヘンデ(小さくて愛らしい子供の手)、あの人と同じシルバーブロンドの御髪が、全てが可愛くて仕方ありません。
「……はぅ・へふぃー……」
ああ、ごめんなさいね。
貴方のことを呼べなくて。
ダス・ベービィ(赤ちゃん)くらいなら言えるかと思ったのよ。
「エリザベート王妃様……」
ヤスミンが眉をハの字にしてこちらを向いております。
「エリザベート様、王妃様。……声をお掛けになりたいのですね」
クラリスもハの字の眉になっておりますわ。
わたくしは、コクリと首を縦に振りました。
******
わたくしは、締結のあの日、友好を結ぶ祝杯のワインを2杯飲み干しました。
毒が入った、それらを――。
祝杯を飲まなければ、皆に締結が無事に終わったのだと示しがつかないのです。
だから、わたくしは迷いなく飲みました。
南国王の杯は流石に飲めませんでしたけど、かの王なら解毒薬をお持ちでしょう。1口だけでしたので問題なかったと伺っております。
ですが、2杯も毒杯を飲んでしまったわたくしは、袖口に下がった後吐血し、気を失いました。
その後、7日ほど目を覚ますことはなく、皆に心配をかけてしまいました。
目が覚めると、わたくしは声を失ってしまいました。
「はぅ……」
吐き出す音は、ただの雑音になっておりました。
ですが、わたくしは悲しいとは思いませんでした。
だって、生きているのですから。
あの時わたくしは、死を覚悟したのです。
そして、お腹に宿ったばかりの赤子も犠牲にしたかと思いましたが、無事に産むことが出来ました。
可愛い可愛い、男の子ですわ。
******
「はんへるん(アンセルム)」
あら、これはなかなかよく言えたと思いません?
ふふふ……。
アンセルムが笑ってわたくしに手を伸ばしておりますわ。
複雑で多くのことを背負わせてしまうことになるアンセルム。
ですが、フィーの子供ですもの。
きっと乗り越えられます。
「リズ、起きていて大丈夫なのか?」
フィーが離宮に来てくれました。
『大丈夫よ。いつまでも寝ていられないわ。早く民のために働きたいわ』
わたくしは、指を巧みに動かし、“返事“をいたします。
「はは!リズは相変わらず頑張り屋さんだな。それに、おしゃべりさんだ」
フィーはそう言って抱きしめてくれます。
『ええ!わたくし、この手で会話することを広めたいのですわ!そうしたら、思ったことを伝えられる人たちが増えますでしょう。皆と一緒に働くこともできるようになるでしょう』
フィーが考えてくれた、手で会話をする方法は、きっとこの国をよくしてくれます。
いいえ、きっと他国でも役に立ちますわ。
「ああ、そうだな。養護院の子供たちにも仕事を増やしてあげたいしな。忙しくなるぞ。だから、今はゆっくり休んでくれ。そして、また来年も子供を産んでくれないか?家族は多い方が楽しいだろう?」
まあ!来年も子供をだなんて!
こんなところで言わなくてもよろしいのに!
また、夫婦の睦ごとをするのだと、皆に聞かれてしまいましたわ。
わたくしは恥ずかしくなり、顔が火照るのを感じました。
******
フィーはわたくしにたくさんの隠し事をしております。
北の棟には定期的に足を運んでいると聞きます。
そして、帰ってきたときには鉄の臭いを纏っております。
顔色は暗く、何かを心に溜めていると推測するのは、きっと誰もが出来てしまうほどでしょう。
『フィー、もう北の棟には行かないで。貴方を失いたくないわ』
わたくしはお願いをいたしました。
「ああ……。そうだな。もう俺たちは前に進んだんだ。……リズ、あの北の棟を閉じるよ。そして、ずっと未来永劫、俺の側にいてくれ」
フィーは泣きそうな顔でお願い返しをしてきました。
『当たり前ですわ。わたくし達は未来永劫、ずっと一緒ですわ』
フィーが何も言わないのですから、問いただすことは致しません。
だって、フィーはいつも正しいのですから。
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リヒシュタッド準王国は、賢王“フランクリン”の治世が長く続き、エリザベート王妃を溺愛し片時も離さなかったらしい。
そのお2人には2男2女のお子がおり、笑顔が絶えなかったのだろう。
たくさんの家族絵が残っていて、王城を見学する人々は思わず笑いがこみ上げてくるようだ。
王妃エリザベートは、自身が声を失ったこともあり、福祉に力を入れ、聖女だと言われていたと史書が残っている。
王族のみが開くことできるその霊廟には、その2人が抱き合って横たわったお姿が風化することなく鎮座していると聞く。
王城の奥深くにある霊廟は、今はもう誰も開けることが出来ない――。
※表ENDとなりました!
多くのことがここでは書き記していません。
エリザベート主体の最終話なので。
明日は、裏ENDです。




