75.
戴冠式は厳重な警戒態勢の中、粛々と何も起こらず静かに執り行われました。
参列者も多く、それぞれが重鎮なので人の出入りは念入りに確認をいたしました。
それでも、やはり抜けはあるものです。
知らぬ間に、鼠が紛れておりました――。
「それで、何をしようとしたんだ」
ユーリウス宰相が、今しがた捕らえた下女に問い詰めます。
「な、何も。ただ、仕事をしていただけです」
女はそう言います。
「ほう……。確かに、仕事をしたというわけか」
女の服のポケットから、女性騎士が小瓶を取り出しまし、それをユーリウス様に手渡します。
「あ!」
女は、しまったとばかり声を上げます。
「これは?」
「知りません」
「知らないわけないだろう。……少し、残っているな。女の口を開けさせろ」
ユーリウス様は、女にその残った液体を服用させようと致します。
「やめて!私は何も知らないわ」
「知らないのなら、これを口にすることがそんなに怖いとは思わないのでは?」
「そんな、得体のしれないものが怖いだけよ!」
……確かに。
何なのかわからないものは、わたくしも口にしたくありませんわ。
「とはいえ、自分が持っていたものであろう」
「それは、そうですが……。私もこれを飲み物の樽に入れろと言われただけです」
「誰に?」
「……」
「言わないつもりか」
「……言えば、殺されるわ」
「そうか。では、やはりこの液体を服用していただこう。毒でなければいいな」
ユーリウス様は、冷たい笑みを浮かべて女に告げる。
「嫌よ!それはきっと毒です!だって、あの女の手先が!」
女は、あっけなく漏らしてしまった。
何でしょうね。こう三文芝居じみたやり取りを見ていますと、情けなくなりますわ。
やるならとことんやり切りなさい。
「それで、どういたしますの?それを入れた樽はどちらに?」
わたくしは、つまらないという感情を隠そうともせずに聞いてみました。
「そ、それは……。もう貴賓の方々の杯に注がれたかと……」
「……は?なんですって!」
招待いたしました重鎮の方々へと視線を送りました。
杯に飲み物が注がれていくのが見えました。
「誰か招待客の下へ!急いで!」
わたくしは、叫びました。
間に合わないかもしれません。
いえ、そんなことを言っている場合ではございません。
間に合わせなくてはならないのです。
「「「はい!」」」
給仕をしている者、護衛をしている者、全てのものが急ぎ杯を回収いたしました。
「全て、回収したかしら?」
わたくしは、皆に聞きました。
「こちらのテーブルは全て回収しました」
「こちらもです」
「奥も回収完了しました」
次々に報告が上がってきました。
「エリザベート王妃様!あちらのテーブルの方がすでに!」
事もあろうことか、南国の王家ご一行の杯が、すでに口にされてしまいました!
わたくしは急いでかのテーブルへと向かいました。
心臓が早鐘を打っております。
最悪の事態は、もう免れませんわ……。
『国王様、申し訳ございません。こちらの手違いで、その杯は回収させていただきたく。その……、体調に異変はございませんでしょうか』
わたくしは、意を決し、よからぬものが含まれていたことを示唆しました。
『ははは!よいよい!これくらいは何ともないぞ』
国王は、笑っておられます。
『えっと……。何が入っているのか、わかりましたのでしょうか……』
『ああ、微量の毒だね。これくらいは我ら一族には効かんよ。それに、これは我が国のものだろうな。宰相!これで大義名分ができたであろう!さっさと仕事してこい!』
国王は何かを宰相様に指示しております。
『かしこまりました。エリザベート王妃、お気になされるな。これも考えていた範疇のこと。ああ、念のため解毒薬を給仕に渡しておこう。若返る妙薬だと言って促されよ。皆、喜んで飲むであろう』
宰相様はそう言って部下に何かを支持し、そして数人のお供を連れて王城を出られました。
『エリザベート王妃、気にすることはない。儂からの戴冠の祝いだと思われよ』
国王はそう言い、好々爺の笑みを浮かべました。
『はい……』
わたくしは、何が起こったのか、何が水面下で取引されていたのか、わかっておりませんでした。
フィーへ視線を向けると、苦笑いをしております。
『よくわかりませんが、ありがとうございます』
わたくしはそう告げました。
深く追求することがいいとも限りません。
殿方だけで何かが話し合われ、そして問題があっという間に解決されてしまうのでしょう。
それでいいのかもしれませんわね。
殿方のお気持ちを、無下には致しませんわ。




