72.
フィーの側にいたい気持ちを堪え、執務室で書類と向かいました。お茶の時間に気が付かないほどに。
「お嬢……。じゃなかった。エリザベート様、フラウ・ジェシカが到着しました」
ヤスミンが呼び方を間違いかけながら叔父様の到着を伝えてきました。
「すぐにこちらにお通しして」
わたくしの言葉にすぐ叔父様を迎え入れました。
「エリザベート、堅苦しい挨拶は省かせてね。聞いたわ。大変なことになったわね……」
フラウ・ジェシカはそう言って抱きしめてくれました。
「ええ……。本当に。叔父様にお願いがあるのです」
「あら、今日だけは叔父様呼びを許してあげるけど、今後は駄目よ。それで、何をしたらいいの?」
「わたくしを守って欲しいのです。正しくは、わたくしとフィーとフランクリン様です。護衛のダーニエルには隣の大国へ使いに行かせたいのです」
「……いいわ。娼館の護衛も連れてきたわよ。それから、ハイデとエリカも一緒よ。2人ともしっかりと学んだからすぐに役立つわ」
「ふふ。男前な護衛さん達も一緒というのは嬉しいですわ。それに、ハイデとエリカも。彼女たちは悪意ある大人たちに流されないかしら……」
「大丈夫よ。しっかりと教育してあげたからね。エリカは文官たちの補助に付けましょう。ハイデはエントランスで医師たちの手伝いに行きなさい」
「「はい。フラウ・ジェシカ」」
2人は声をそろえて綺麗なカーテシーをしました。
「なかなか綺麗な礼ですわ。ハイデとエリカ。よろしくね」
「「貴方様が望まれるなら如何様にも」」
あら、本当にしっかりと教育されておりますわ。
「フラウ・ジェシカ。フィーとフランクリン様の休んでおられる部屋へ案内します。道すがら、少しお話を」
そう言って、わたくしたちは話をしながら2人の下へ向かいました。
******
「エリザベート、貴方頑張ったわね。少しは休みなさいよ」
「ありがとうございます、叔父様。ですが、まだこれからが大変ですわ。カトリーン様がご逝去されて、若い者がこの公国を治めるのをいいことに隙を狙ってくるのはよくあることです。勿論、わたくしたちはそれらに屈するつもりもございません」
「小さかったエリザベートがこんなにも成長して……。それにしても、関所ではきちんと取り締まっているのかしら?」
「それももしかすると統治できていないかもしれませんわ……。それを確認するための視察へ向かった2人が襲われたのですから」
「ん……。辺境伯は当てにできないわね。ユーリウスも交えて話をするべきよ」
「ええ……。まずはフィーとフランクリン様の様子を」
わたくしはいつの間にか着いていた治療のための部屋の扉を開けました。
消毒液と鉄のような血の匂いが充満しています。
「っ!換気したいところだけど、安全が確認できないと無理よね。フランクリン王子は……。動かせそうもないわね。フィリクスは目を?」
「はい……。命を優先した結果だと言っておりました」
「そう……。かっこいい眼帯をプレゼントしてあげよう。ねえ、そこの下女さん。ユーリウス宰相を呼んできて」
フラウ・ジェシカが声を掛けました。
しかし、叔父様に会ったことがない下女は戸惑っております。
「わたくしからもお願いするわ。宰相を呼んできて」
「はい!すぐに!」
そう言って駆けていく下女。
その姿を納得いかないと言わんばかりの叔父様。
そうなるのは仕方ありませんわね。
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程なくしてユーリウス様がやって参りました。
「ジェシカ、来てくれたのか」
「ええ。エリザベートが使いを寄こしてくれてね」
「そうか。怪我はないか?」
「大丈夫よ。ユーリウスは?」
「俺も問題ない」
2人の微妙な甘い空気を静観いたしました。
ええ、これもこれでよいのではないかしら……。
そんなことよりも、これからの事でしたわ。
「お2人とも、よろしくて?話し合いをさせていただいても?」
少し咳払いをして、こちらに注目してもらいましたわ。
そうしないと聞こえていないようでしたもの。
「宰相。大国へ使いを出します。ダーニエルに向かわせます。そうなると護衛が薄くなってしまいますので叔父様を呼びました」
「ダーニエルなら何とかなるか……。ジェシカの部下も来ているのか?」
「勿論。それより、相手はもうわかっているんでしょうね」
「ああ……。おおよそだが、パメーラの手のものだろう。証拠はまだそろっていないが。大国から奴らが流れてきたようだ。国交問題になる。大国が手を組んでいなければいいんだが……」
確かに、大国と南国が手を組んでいないとは言い切れません。商人の護衛として大人数が大国に入ってきているようですもの。
「ひとまず、会談の場を設けたいと書簡には書いております」
「では、届け先は大国の宰相に。私も宰相に手紙を書きます。あちらの宰相は学園の同窓なのです」
「それなら話をし易いかもしれませんわね。よろしくお願いいたします」
大国への対応は決まりました。話し合いの場で今後のことを見極めるしかありません。
「フィリクスとフランクリン王子は、大怪我だな。エントランスのけが人も酷かった……」
「ええ。ここから大変ですわ……」
わたくしは、自分の手を見つめました。
大きくないこの手で、どれだけのものを守れるでしょう。
いいえ、違いますわ。
守らなければならないのですわ。
「皆様」
わたくしは、少し大きめの声で部屋にいる人たちに声を掛けました。
「初動の皆様の手際の良さに、多くのものが救われました。今後も治療は続きます。もしかすると、怪我人が増えるかもしれません。わたくしは若輩者です。頼りないと思われることでしょう。ですが、この若輩者に手を貸してくださいませ。この公国を守る手伝いをお願いいたします」
わたくしはそう言い、頭を下げました。
王子妃としては良くないかもしれません。
もっと毅然とするべきなのでしょう。
ですが、感謝の気持ちと、これからもお願いしたいという思いを伝えたかったのです。
「エリザベート様、我々に頭を下げないでください。公国のために頑張っている貴方の為なら、俺たちは頑張れます」
「そうです!カトリーン様からも伺っていました。公国のために懸命に努力されていると」
彼らから温かい言葉をいただきました。
ですが、わたくし自身はまだ何も成せておりません。
ただ、努力をしているだけです。
それを思い知らされてしまい、恥ずかしくなりました。
「いえ……。わたくしはまだ何もできておりませんわ。お恥ずかしい……。ですが、これから皆様のために尽してまいります。お願いです。怪我をされている方々を、よろしくお願いいたします」
わたくしはもう1度頭を下げました。
先ほどより深く。
先ほどより長く。
今のわたくしにできるのは、これくらいしか思いつかなかったのです。




