71.
ツェルナー伯爵と夫人は半刻ほどで登城しました。ご婦人もご一緒に。
「至高なる国母のエリザベート様にご挨拶申し上げます。ツェルナーが参りました」
伯爵は礼に則って挨拶をいたします。
「そのような挨拶は無用です。わたくしはまだ、王妃にはなっておりません。王子の戴冠式もまだ終わっておりませんわ」
膝を折って頭を下げる2人に声を掛けます。
「ですが……」
どうしたものかと考えあぐねているご夫妻。
「王子が戴冠した際には、ご挨拶くださいませ。それより、お話を伺いたいのです」
時間が惜しいので、すぐに用件へと話を移します。
「ツェルナー伯爵は公国外へも流通を担っておりますわね。何か異変はございませんか?何か……些細なことでも構いません。引っかかったことはありませんか?」
「大して変わったことはないかと思うのですが……。あ、そう言えば、最近は南国からの商人が隣の大国で少し面倒な存在になっていると聞きました」
「面倒な?どういったこのですの?」
「何でも、積み荷が壊れていると返品しようとしたら、『お前たちの荷下ろしが雑だからだろう』と。かえって瑕疵をつけられて困っていると言ってました」
「積み荷は何でしたの?割れるということは花器などかしら?」
「いえ、薬瓶だそうです。南国は薬が有名ですからね。でも、割れた薬瓶から漏れた液体は臭いもなく水のように思ったらしく……。いえ、これは他国のことですから何とも言えませんな」
「そう……、ね」
わたくしは嫌な予感しかしません。
「それに、商人の護衛という奴らが少し……」
伯爵はご自身の感じたことを少し漏らした。
「護衛がどうか致しましたか?」
「その……、護衛にしては人数が多いのです。宿屋が満室だとかで、野宿するしかないと嘆いている商人もいましてね」
「……。ありがとうございます。とても有意義なご意見を拝聴できましたわ」
わたくしは、努めて優しく微笑んで謝意を述べました。
「エリザベート王子妃の為でしたら、我らは何でも致します」
伯爵夫妻は丁寧に挨拶をして下がりました。
「ダーニエル、話をどう思いました?」
後ろに控えている護衛に声を掛けます。
「たぶん、そいつらだと」
ダーニエルは感じたままを伝えてきます。
「そうね。でも、証拠はないわ」
大国とのことはミヒャエルの持って帰ってくる報告と合わせて考えましょう。
「大国にも使いを送らなければなりませんね。ミヒャエルはいきたくないでしょう……。彼が戻って来ましたら、貴方が使いに出てもらえるかしら」
ミヒャエルは大国を出た者です。今更帰りたくないでしょう。
「勿論、貴方様が望むなら」
ダーニエルは頭を垂れて是を述べました。
******
わたくしは大国への書簡を書き、封蝋をして机に置きました。そしてまた、書類の山へと手を伸ばします。
そんな時、扉を荒々しく叩く音が聞こえました。
「王子妃!王子とフィリクス様のあらかたの治療が終わりました!すぐに御案内いたします!」
わたくしは、手に取った書類を放り出し、2人のいる部屋へと駆け出しました。
「フィー!フランクリン様!」
2人の意識があるかどうかも確かめず、声を掛けました。
「王子妃。フィリクス様は意識を戻しました。フランクリン様は、まだ……」
医師の1人が述べます。
「っ!フィー……」
右側の目を覆うように包帯が巻かれている彼の側に侍ります。
顔意外にも腕や足にも包帯が。
痛そうなその風貌に、うっすらと涙を浮かべてしまいました。
「リズ……。心配かけてごめん。……フランクリンは、かなり深手を負っていると思う」
「っ!……そう。貴方は?」
「首を狙われたけど、大丈夫。右目は、犠牲にしたけど、生きてるよ」
フィーの右目は、元に戻らない……のでしょう。
ですが、生きてくれています。
わたくしは、それだけでいいのです。
「……男前になりましたわね。素敵ですわ」
あえて、そう言いました。
「リズなら、そう言ってくれると思った。フランクリンはどうなった?」
後ろに控えておりました医師たちに問いかけます。
「……足の筋を、切られております。歩くのに支障が、あるかと。後、背中に大きな傷があります。大きくただれておりますので、何か薬品をかけられたのやもしれません。左側の顔にも薬品による火傷がございます」
「そう、か。まだ目を覚ましていないのだろう?痛み止めをしっかりと与えてやってくれ」
「「「かしこまりました」」」
医師たちはフィーの言葉を受け、薬師に指示を出しました。
「リズ。フランクリンをゆっくり休ませよう」
フィーが、小声で話します。
「ええ……。心が折れているかもしれませんし……」
「ああ……。誰かから聞いたか?」
「はい。言葉が、南国のものだとか」
「ああ……。フランクリンも、気が付いている」
「そう、ですか……。フィー、大怪我しているところ申し訳ないのですが、報告です」
わたくしは、伯爵から聞いたことを簡潔に伝えました。
フィーは左目を瞑り、唇を噛みしめます。
「調べは?」
「ユーリウス様が何人か手配を。ミヒャエルにも向かわせました」
「そうか。大国へ使いは?」
「書簡を書きました。ミヒャエルが戻ったらダーニエルに頼もうかと」
「そう、だな。関所には奴らが潜んでいる。ダーニエルが最適だ。ミヒャエルを待つ時間が惜しいな……。フラウ・ジェシカに来てもらってここを守ってもらうか――」
「あら、それはいいですわね。早速連絡を入れますわ。……フィーは少し休んで。後のことは、わたくしにお任せになって」
フィーも出血がひどかったのか、顔色が青いままです。
「そう、だな。リズ悪いが、頼む――」
フィーはそう言って、意識を手放しました。
わたくしは、フィーの手を握りました。
指先が冷たくなっております。
少しでも温まらないかと、はあ……っと息を吹きかけ、何度も手をさすります。
何度も何度も手をさすっておりますと、どなたかからそっとハンカチを差し出されました。
「王子妃、きっと目に埃が入ったのではないでしょうか」
「えっ……」
わたくしの頬に、涙が伝っていたようです。
「……ありがとう。お借りするわ――」
感謝の言葉を述べ、ハンカチを受け取りました。
フィーとフランクリン様はあまり良い状態ではありません。
少し気が緩んでしまいましたが、わたくしがしっかりしなくてはなりません。
愛するフィーも、公国の民も、守ると誓ったのですから。




