67.
アイシャ嬢を北の棟に連れていき、フィーはなかなか離宮に戻ってきませんでした。
まさか、浮気でしょうか……。
フィーに限って、そのようなことはないと思うのですが、殿方は言い寄られますと「ほんの少しだけ」と言いながら羽目を外すと聞きます。
絶対などという言葉はないと、幼少の頃にフィー本人も申しておりました。
「……」
一度、浮かんだ思考は段々と大きくなり、不安が心いっぱいになってしまいます。
信じると、決めましたのに。
夜更けになり、ようやく戻ってきたフィー。疲れているようです。
「お帰りなさい。……顔色がよくありませんわ」
「……ああ。疲れたよ」
そう言ってわたくしを抱きしめるフィーからは、ほんのりと鉄のような臭いがいたしました。
「わたくしが行かなくてよろしかったの?」
ほんの少し、確認してみました。
「ああ。リズには聞かせたくないし、見せたくなかったんだ。……あの女は、もう北の棟からは出ることはないから、安心して」
見せたくなかったことを、したということかしら。
「わたくしは、会わなくてよいということですわね」
もう一度、確認いたします。
「二度と、会わなくていい。いや、会わないで欲しい」
この物言いは、浮気している人らしくはありませんが……。
「でも、フィーは……、会うのでしょう?」
とどめの確認を。
「そう、だね。生きていることを確認しないといけないからね」
会うのですね……。
でも、どうして生きていることを確認する必要があるのでしょう。
胸が痛いです。
痛くて、俯いてしまいました。
「リズ、何か変なこと考えているよね?もしかして、心配してる?」
覗き込んでくるフィー。
わたくし達の視線が絡む。
「ええ……。彼女も女性ですから。フィーの心が揺れてしまわないか、心配ですわ」
素直な気持ちを、伝えました。
「リズ……。可愛い……。俺は、リズ以外の女性は眼中にないんだよ。俺が男として機能できるのはリズだけだから」
ふふ……。そんなに胸張って言うことではないかと思いますわ。
それに、口ではどうとでも言うことが出来ると言っていたのは、フィーですよ。
勿論、そんなことは言いませんけれども。
わたくし達は、少し笑い合いました。
想いが通じ合ったからと言って、安心はできないものなのだということを初めて知りました。
******
その後、数日は穏やかでした。
今後のフランクリン様の身の振り方を皆で話し合い、大司祭様にお願いしようと言っていたその時でした。
カトリーン様の侍女をされているが訃報を届けに参りました。
「オリヴァー公国王フューゲル侯爵夫人が、崩御されました」
わたくしは、1度もきちんと会話をしていないように思います。
だからでしょうか、ただ「そうなのね」としか思えませんでした。
フィーの様子を伺っても、わたくしと同じような顔をしております。
フランクリン様は、少し複雑そうな顔ですわね。
最近まではご自分のお父様だと思っておりましたもの。
情が全くないわけではございません。
「フランクリン様。最後のご挨拶に、行きましょう」
わたくしは、小さく話しかけます。
「フランクリン。俺たちも一緒に行く」
フィーも労いの気持ちが声に込められております。
「ああ……。すまない、2人とも。一緒に行こう」
フランクリン様はか細い声で返事をしました。
顔を合わせることはほとんどなかったと聞きます。
それでも、最近までフランクリン様は親子だと疑っておられませんでした。
オリヴァー様は、最後まで本当のことを知らなかったと思います。
最後の挨拶を終えた後、公国の倣いに則り、翌々日にしめやかに国葬を執り行いました。
国葬が終わった翌日の朝、
カトリーン王妃が深い眠りにつかれました。
フューゲル侯爵夫人がカトリーン様からだとフィーとわたくし、そしてフランクリン様にお手紙を渡されました。
わたくしの手紙には、こんな複雑で面倒なことに巻き込んで申し訳なく思っていることと、フィーのことを支えて欲しいこと、フランクリン様を少しでいいから許してあげて欲しいと書いてありました。
「お義母様……」
頬に一筋の涙が伝いました。
カトリーン様は、毒を盛られても都度解毒はされておられなかったようです。
最低限、動くことが出来ればいいと、わざと解毒されなかったと、今になって教えられました。
「カトリーン様は、笑って毒の盛られた杯を飲んでいたようです」
フューゲル侯爵夫人は、両の手を白くなるまで強く握りしめ、涙を堪えられております。
「そうですか……」
わたくしは、これ以上の言葉を発することが出来ませんでした。
複雑な運命に飲まれてしまったオリヴァー公国王。
それに巻き込まれてしまったカトリーン王妃。
血を受け継ぐものとその伴侶は、余程のことがない限りは霊廟へとお体を移されます。
オリヴァー公国王とカトリーン王妃も、こちらへと移られました。




