66.カトリーンside
北の棟であの令嬢を幽閉するとフィリクスが決めた。
物事を上辺だけで見て、自分の事しか考えられない彼女は、自分がこの公国で実権を握れないことに落胆し、フランクリンを捨てて、エリザベートの弟に暴行をしたようだ。
事もあろうか、顔に奴隷の印を焼きつけるなどということをしてしまった。
エリザベートには、どれだけ謝罪しても足りないでしょう。
「あっ……」
フランクリンと北の棟の地下から上がる階段で、少し躓いた。
「母上!大丈夫ですか。……申し訳ございません。なれなれしく母上などと言ってしまいました」
フランクリンは、いつもの癖で私を母と呼んでくれた。
「あら、いいじゃない。私は貴方の母でもあると思っているわ。貴方のことを、もっと私が見てあげられていたら……。今更だけど、ごめんなさいね」
本当に、この子を私が自ら育てられたら、どんなに良かっただろうか。
少しは、今と違っただろうか。
それでも、どんなに悔やんでも、過去には戻らない。
今を、受け止めるしかない――。
「いいえ。俺は頭の出来が悪いから。今となっては、次期公国王にならなくてよかったと思っています。フィリクスが、なるにふさわしい。本人には、面と向かってそんなことは言えないから、内緒にしてください」
私は、何も言わなかった。
ただ、少し苦笑いをしただけ。
この子もパメーラの悪意の被害者だ。
あの女が、自分勝手な思考を持ち、その考えに素直に行動してしまったがゆえに、多くの人間の人生を狂わせられてしまった。
今から正すのは大変だ。それでも、正さなければならない。
血を受け継ぐものを、絶やすわけにはいけないのだから。
「フランクリン、養護院での仕事は大変だと思います。心に傷を負った子供たちは、昔の辛かったことを思い出し、泣き叫ぶこともあります」
「はい。俺はまだきちんと彼らのことを理解できるとは思いません。ですが、逃げてはいけない。今までの俺は、きっと逃げたでしょう。……これまでの俺は、恥ずかしい人間でしたね――」
「すぐにすべてを理解するのは、難しいでしょう。これから養護院で、子供たちと一緒に学んでいくのがいいと思うわ」
「いいのでしょうか……。フィリクスは、きちんと見てきたのでしょう?――本当に、あいつには敵わないですね」
大きな体をしていたのに、背中が丸くなっていますね。
「私も手伝うから、頑張りましょう」
あと少し、頑張れるところまで――。
******
フィリクスが入れ替わるにしても準備があるので、それまでは王子として振る舞ってもらわなければなりません。
それまでに、オリヴァーをなんとかしなくてはならない。
離宮に戻ると、フューゲル侯爵夫人が待っていた。
「カトリーン様、オリヴァー様の件で……」
「……どうなったのかしら」
「床から起きれなくなったようです」
「そう……。やっとね」
「はい。オリヴァー様に召し上げていたあの女性ですが……。儚くなったと連絡が」
「……そう。ご家族には何か礼を。目立たないようにね」
「はい。手配いたします」
召し上げた女性は、性病を患っていた。
自らの花を売っていた女性だった。
私にもっと力があれば……。
彼女は、自身の死期を悟っていた。
最後に家族にお金を残したいと言っていた。
私は、彼女に協力してもらえないかと願った。
オリヴァーを葬るために。
最初は毒で何とかしよう思っていた。
でも、パメーラが変に知識をつけさせていたので何度も失敗してしまった。
ならば、オリヴァーが色狂いなのを利用しようと考えた。
フューゲル侯爵夫人と一緒にオリヴァーの部屋へと向かった。
扉を開けると、死の臭いが漂っていた。
床に近づき、そっと袖を捲る。
腕に、花のような斑点がたくさんついていた。
「……あと、どれくらいなのかしら」
後ろに控えていた夫人に問う。
「10日はもたないかと……」
「そう……」
私は、オリヴァーに声を掛けずにそこから立ち去った。
本当は、汚い言葉を浴びせて嘲笑ってやろうかと思っていた。
でも、床に横たわる男を見て、どうでもよくなった。
何もせず、色に狂い、私を労うことはなかった。
従姉妹のゾフィー、エリザベートの母に懸想して上手くいかず、執着し、エリザベートをこっそりと見ていたのを知った時は、肝が冷えた。
監視が阻んでくれたおかげで何もおこらず安堵した。
腐敗した膿を出して、次代に渡してあげたい。
それも、あと少しで叶う。
離宮へ戻る道すがら、空を見上げて呟いた。
「レオポルト様。もう少しです。待っててくださいね――」
言葉は誰からの返事もなく、
空にかき消えた――。




