64.ルーイスside
左頬が、ジンジンする。
熱い。
痛い――。
「ここ、は……」
声がかすれて、うまく話せない。
「王城の隣の離宮だよ、ルーイス」
聞きなれた声がする。
「僕、気を失ってた?」
「うん……。痛みは?」
「ん……。痛いね。そして、熱いや」
「そうか。氷で冷やしていいか聞く」
「あ……。待って、ニール。今は、離れないで」
「……お前が望むなら」
「あり、がとう」
ずっとニールが側についていてくれたのかな。
******
確か、誰かが訪れてきたと言って応接室に向かったんだ。
姉様はもう屋敷にいないから、姉様に会いに来た人かと思って急いで向かった。
でも、よく考えたら、姉様に会いに屋敷に来る人なんていないはずなんだよね。
もう、姉様はフィー兄様と婚姻を結んだんだから。
そのことに気が付いたのは応接室の扉を開いた後だったから、手遅れだった。
「ルーイス君、お久しぶりね」
応接室にいたのは、アイシャ嬢だった。
「……何か御用ですか。姉様はここにはいませんよ」
「ええ、知っているわ。……今日はね、君に会いに来たのよ」
は?
意味わかんないよ。
なんで、僕に会いに来たの?
怖い、んだけど……。
僕は、後ずさった。
彼女の目が狩りをする獣のそれに見えた。
逃げなくちゃ――。
急いで扉のノブに手をかけた。
早くここを出たいから、いつもより機敏な動きをしていたと思うんだ。
でも、全ての時間がゆっくりに見えていて、もっと早く動きたいのにできなくて、あっという間にあの女につかまってしまったんだ。
「ねえ、なんで逃げようとしたの?」
女は、僕に馬乗りして、僕の両手を掴んでいる。
息が荒くて、なんだか嫌だ。
「なんで、だろうね。あ、ほら。フランクリン様の大事な人だろう?僕と2人きりはまずいんじゃないかなって」
うん。我ながらいい言い訳だ。
「はは!フランクリン様?別にもうあんな男いらないわ。……それより。ルーイス君って、力も弱いのね~。可愛いわ」
力が弱くて悪かったね!
でも、筋肉はつけたくないんだよ。
だって、いまのままの僕でいていいって言ってくれているんだもん。
それに、フランクリン様はもういらないって?
「アイシャ嬢、フランクリン様をいらないって……。それ、どういうことかな」
話をしながら、少し身じろぎをする。
でも、全く動かないよ!
「ふふふ……。逃げようと思って動こうとしても無理そうね。はあ……なんてかわいいの。やっぱりルーイス君が一番よ」
え?何?
本当に気持ち悪いんだけど!
息が荒いって!
え?!ちょっと!涎たらして顔真っ赤だし!
「ねえ、私のペットになってよ。首輪つけて、私に膝まづいてよ」
ペットって?何?
首輪をつけて?
なんでお前に膝まづかないといけないんだよ!
「嫌だ!!なんでそんなことしないといけないんだよ!僕は、君のこと嫌いだ!」
離せと叫んで力いっぱい抵抗してみたら、一瞬手の拘束が外れた!
このチャンスを逃したらいけないと思って、強く押してみた。
「キャッ!!」
どうしよう!
尻もちついて、お腹に手を当てて顔をしかめている!
確か、お腹に子供がいるかもって言ってなかった?
こんな女だけど、命を脅かすことはしたくない。
逃げようとしたけど、無事かどうかを確認するために駆け寄ってしまった。
「はは!本当にルーイス君って、可愛いわ!」
やってしまった……。
捕まってしまった。
「ちょっと離してよ。それより、お腹は?子供は?」
心配になった、お腹の子供のことを尋ねてみた。
そしたら、信じられないことを言われたんだ。
「あ~、あれね。赤ちゃんは嘘!初めからいないのよ。フランクリンは馬鹿だから、赤ちゃんできたって言ったらお妃さんにしてくれると思ってね。でも、愛妾って言われたから、嘘つかなくてもいいかなって!何も手に入らないなら、ルーイス君だけでも私のペット、ううん、奴隷にしようと思って!」
懐妊が、嘘だって?
フランクリン様のことも馬鹿にしているし。
そして、僕を奴隷にするって言った?!
やばい!やばい!やばい!
この女、イカレてる!
「やめて!離して!奴隷になんか、ならないから!」
僕は、叫んだ。
廊下からバタバタと足音が聞こえてる。
「誰か!助けて!」
叫んだ。
このままだと、何されるかわからない!
「すぐには入ってこれないわよ。鍵かけちゃったから!」
クソ!
内鍵をかけられてしまったのか!
それでも、諦めないぞ!
「誰か!扉を開けて!助けて!」
力の限り、叫んだ。
でも、僕は見落としていたんだ。
「ルーイス君、私が何もしていないと思ったの?」
不敵な笑みを浮かべるこの女の顔は、もう人ではない。
トイフェル(悪魔)だ。
公国のほとんどが山間部だ。
だから、秋口の今は朝晩の冷え込みが厳しい。
応接室の暖炉には、下火になっている火種が残っている。
その火種をバケツに置いていたものが、部屋の隅に置かれていたんだ。
そして、そのバケツに、何か棒状のものが刺さっている。
後ろ手にされていた僕は、そのバケツのところまで引きずられてしまった。
「さあ、あなたはこれから私の奴隷よ――」
床に体を押し付けられ、顔を横に向ける。
バケツから、棒状のものが引き出されるのが見えた。
それは――、奴隷印を焼きつけるものだった。
「やめて!本当に嫌だ!」
焼き印が顔に近づいてきて、熱さを感じる。
こいつ、本気だ。
逃げないと。
でも、体力もないから無理だ――。
「いやだー!」
泣き叫んだ。
「ルーイス!」
扉の向こうでニールの声が聞こえる。
「ふふ……。大好きなニールにも、見せてあげようね」
トイフェル(悪魔)が笑う。
そして、僕は左頬に焼き印を押し付けられた――。
ニール、
僕奴隷になっちゃったよ……。
******
「ねえ、ニール」
僕はベッドに横たわった状態で声を掛ける。
「ん?なんだ?」
ニールは、いつもと変わらない口調だ。
「僕、奴隷になっちゃった……」
出来る限り、明るくいってみたんだけど、少し声が震えた。
「……馬鹿だな。こんな火傷、隠すこともできる。お前は今までと変わらない」
ふふ……。
本当に優しいんだよね、ニールは。
だから、聞いてみたんだ。
「ねえ、ニール」
「ん?」
「僕のこと、――嫌わない?」
「ああ」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
「ふふ。大好きだよ、ニール」
「……お前、ここで恥ずかしいこと言うな」
手で顔を隠そうとしてるけど、耳が赤いよ。
「ニール、愛してるよ」
僕の言葉で、ニールはさらに赤くなってしまった。
僕の気持ちを伝えて気持ち悪がるかと思ったけど、そうではなかったみたい。
だって、僕の唇にキスしてくれたんだもん。




