63.
『姉様、今日は何して遊びます?』
『姉様が焼いてくれたクッキー、本当に美味しいです』
『姉様!見て見て!僕が描いた姉様だよ!可愛く描けたでしょう』
『姉様、いつも側にいてくれてありがとう』
ルーイスの明るい声が、姿が、思い出されます。
どれも、昔の思い出です。
ずっと、姉弟で支え合ってきたのです。
両親は家にいることが少なかったので、わたくしがあの子を育てなくちゃいけないと思い、頑張ってきました。
とは言え、わたくしも子供でした。
その頃はまだ男性のお姿でした叔父様やフィーとニール様のお父様が、納税や書類作成のお手伝いをしてくださっていました。
それでも、夜になるとわたくし達だけです。
寂しいときは、一緒にベッドでお話をして寝たものです。
わたくしの大事な弟。
わたくしの大切な家族。
そのルーイスを、あの女が傷つけた。
わたくしを恨んだのなら、わたくしを傷つければいいのです。
それなのに、わたくしの家族を傷つけました。
きっと、それが一番わたくしの心を抉るものだと思ったのでしょう。
ええ――。
わたくしの心は大きく抉られましたわ。
そう言う意味では、あの女は目的を達成したと言えるでしょう。
それで?その後どうなるのかを考えていなかった?
はぁ……。
考えなしにも程がありますわ。
そんなの、わたくしが許せないに決まっているではありませんか。
わたくしは、あの女を力いっぱい殴りました。
お腹に御子がおられていたのも忘れて、拳に体重をかけて殴りつけました。
きっと、わたくしは何らかの処罰が下されますわ。
フランクリン様が王家の血を受け継いでいないとはいえ、大切な命をお腹に宿していたのですから――。
はぁ……、はぁ……。
思うように動かない体を急に動かしたので、息切れがひどいです。
それでも、怒りはおさまっておりませんが。
「リズ、手が腫れている。こっちで冷やそう」
フィーが、あの女に馬乗りしていたわたくしをそっと立ち上がらせ、ソファーへと促します。
「フィー……。わたくしは人としてやってはいけないことをしましたわ。あの女のお腹の御子は大丈夫かしら」
怒りはあるものの、命を助けなくてはなりません。
「エリザベート、心配しなくていいよ。アイシャのお腹には、――子供はいない」
フランクリン様が言います。
「え……。月のものが来ていないと……。医者も妊娠の可能性があると言っていたのでは……」
「それは、お金で詐称していたようだ」
フランクリン様が、ぽつりとつぶやきます。
「もっと、俺がしっかりしていれば、よかったんだ。その、いろいろと、すまなかった――」
そして、力なく膝をつき、床に手をついて土下座をされました。
「……御子がいないというのは、何故お知りになったのですか?」
「アイシャが、出ていくときに言っていた。王子の子供を宿しているなら、未来の王妃になれるだろうと思ったと……。最初に婚約していた令嬢への婚約破棄も、そうするべきだと言われてその気になってしまった……。情けないが、勉学もそこそこだったから、ちやほやされて思いあがっていたんだ。……本当に、すまない」
あの女の事は、フランクリン様がまいた種なのかもしれませんが、フランクリン様だけが悪いとは思えません。
ですが、フランクリン様が全く悪くないかと言えば、それはないと思います。
「謝罪は受け取りました。ですが……、今は何とも言えません」
許せるかどうかといえば、許せない気持ちが強いのです。
「いや、受け取ってくれただけでも、よかった。俺のことは、許さなくていい。……フィリクス。俺を、殺してくれ――」
フランクリン様は、何を考えているのでしょう。
命を絶って、罪から逃げるというのでしょうか。
「フランクリン、それはできない。お前には、生きて償ってもらう」
「……そう、か。では、重労働の処罰でも与えてくれ。毎日、祈りも捧げる」
「それなら、養護院で子供たちを導いてやってくれ。この公国は、まだ孤児が多い。働ける技術を教えてやってくれ。リズ、フランクリンは他国へ行けば王子として担がれてしまう可能性もある。重労働もそんなに役立つと思えない。それに、パメーラがこいつをそそのかし甘やかしていたらしい。監視の意味も含めて、これで手打ちにしてくれないか」
「エリザベート、私もこの子を導いてやれなくて、ごめんなさい。公国の執務で忙しいとこの子に手をかけられなかった……。ごめんなさい」
カトリーン様も、泣いて頭を下げられました。
フィーは、優しいですわ。
わたくしの気持ちも考え、カトリーン様のお気持ちも考え、
そしてフランクリン様の恵まれなかった環境を慮っています。
「……フランクリン様、全てを許すことはできませんし、今後も許せるかはわかりません。ですが、この公国の為に尽してください。フィー……。後は任せますわ」
「リズ、ありがとう。アイシャも俺がきっちりと落とし前つけさせる。リズがもう、手を汚さなくてもいい」
「そう……。なら、お願いしますわ――」
わたくしは、そう言って気を失ってしまいました。
ルーイスのことが気になるのに、
側についていてあげたいのに、
駄目な姉でごめんなさい。




