56.クラリスの想い出
我らがエリザベート様と会ったのは、彼女が幼少の頃だ。
その日、我らは森の中であいつを追っていた。
使命があったのだ。
「見つけたか?」
「先の湖に気配がある」
「急げ!あいつを殺さなければ――」
我らは焦っていた。
何度も襲撃をしていたというのに、毎度かわされてうまくいかなかったのだ。
「クソ!なんでなんだ!我らは魔族だぞ!体力も力も強いというのに」
焦っているDが叫ぶ。
苛つき右手を振り下ろしただけで木々が両断されていく。
我らの鋭い爪はなんでも引き裂く。
だというのに、まだ子供のあいつだけは引き裂くことが出来ていない。
「少し落ちつけ。騒がしくすると気付かれるぞ」
「だが!……今回もまたへまをしたら、我らが消される」
「ああ……。だから、何としてでも奴を殺すんだ」
我らは、王から奴を殺すこと言う任務を受けていた。理由は知らん。王が言うことが絶対なのでわざわざ理由も聞かない。
湖に近づいて木陰から様子を伺う。
奴と女児がいた。
女児は対象外だが、仕方ない。
我らの任務のために犠牲になっても、仕方がない。
我はDに目配せをし、一気に駆け寄った。
爪で空を引っ掻き、退路を断つ。
奴は女児を庇い後がない。
我が後ろをとったから。
「ねえ、勝ったつもり?」
奴が我らに話しかける。
「……勝ったつもりもなにも、お前はもう終わりではないか」
Dが返事をしてしまった。
「D、やめろ。まともに話をするな」
「なんでだ、C!こいつ挑発してやがる」
単純なDを諫めようとするが、難しい。
「仲間割れかい?仲間同士、仲良くしなよ」
こいつ、子供のくせに――。
「D、黙れ!なんとしても打つ」
我も馬鹿だった。
挑発されて、さらに焦ってしまった。
何も考えず、全速力で奴に打って出てしまったのだ。
「はは!君たち、単純でいいよ」
奴は女児を抱え、森に向かって逃げ出した。
「待て!逃げるのか!弱虫め」
子供に挑発する。
「ああ!俺は人間だからね。弱くて当たり前だろ。それもわからないの?本当に馬鹿だね」
挑発返しをされてしまった。
「クソ!こうなったら……」
Dが暴れ出す。
辺り一片を爪で無尽蔵に引っ掻きだした。
「Dやめろ。我らの視界が塞がる」
声を掛けたが、遅かった。
ガチャン――。
気が付いたら、首に金属の何かが付けられてしまった。
Dを見ると、同じように首に何かが付いている。
そしてその瞬間から、我は力が抜けていくのを感じた。
「クソ……」
「何を、した……」
声を出すのも、難しい。
「わあ!君たちすごいね。まだ喋れるんだ」
我らを見下しながら話す奴は、本当に子供なのか。
「ねえ。もう諦めなよ。俺を殺せないんだって」
「なぜ……」
「だって、俺は知っているんだ。これから起こることをね」
なんていうことだ。知っているだと?
我らの存在を知っている人間が、いるというのか。
「フィー、どうしたの?この人たち」
女児が奴の後ろから顔を出す。
我らを見つめている。
終わった――。
「……殺せ。人間に見られた。なぜだか力も出ん」
もう、どうすることもできないのなら、ひと思いに手をかけられた方が魔族としての矜持も保たれる。
「あ~、そうだよね。毎度命を狙われてもね。リズを危ない目に合わせたくないし」
奴は言う。
「フィー、それはかわいそうよ。逃がしてあげようよ」
女児が、何を思ったのか、逃がそうと言い出した。
「リズ、きっと俺たちが逃がしても、殺されるよ。そう言う運命だからさ」
「ええ~。それもかわいそうね。何とかできませんの?」
「ん……。リズが言うなら、裏技使うか。ねえ、君たちの王様と話させてよ」
は?王に?話をする?ふざけたことを!
「あ~。言うこと聞いてくれなさそう。勝手に呼び出すか」
奴はそう言って、何かをつぶやきだした。
地面が円状に光り、そこから巨大な魔力を感じた。
「まさか……」
空が黒い雲に覆われ始め、辺りが暗闇に包まれていく。
エアルケーニヒ(魔王)が、――召喚される。
暗闇に突如現れた巨大なお姿に、奴が話しかける。
「ねえ!エアルケーニヒ(魔王)!こいつらを俺に頂戴」
軽い言葉で。
「お前!なんで魔族に屈服せん!なぜだ!」
「あ~。俺知ってるから。だから対策できるんだよ。諦めな。絶対に勝てないからさ。……それより、こいつら俺にくれよ」
「それだと、我らの使命が……」
「それさ、なんで俺を殺さないといけないの?理由は?」
奴は、我らが聞けないことを聞く。
「それは……。そうするという考えが頭にずっとあるから……。なぜだ?我にも、わからん……」
「だと思った。明確な理由って、きっとないんだ。だったら、ようやめよう。わざわざこの世界に姿を出さなくていいだろ」
「そういう、もの、なのか?いや、しかし……」
「いいんだよ」
奴が、言い放つ。
頭に、重く響く。
反論したいのに、何も言えない。
抗え、ない――。
「でね、何度も言ってるけど、こいつらを俺に、くれ」
命令を、された。
「それ、は。魔族を勝手に人間に渡せない」
「代償が必要なのか……。俺の片目でいいか?」
は?我らを明け渡すために目を?命を狙った我らに?
「いや……。片目、では」
「ケチだな~。ん~、他に何かあるか?」
奴が悩んでいる。
「フィー。それなら、わたくしが責任を持ちますわ。わたくしでもよろしいでしょう?」
女児が、責任を?
「まあ、女児でも構わんが、2つ必要だ」
「両目は無理よ。目じゃなくてもよろしいのではなくて?」
「引き換えは、お主の大事なもの2つだ」
「ふふふ。では、わたくしの未来に何かを捧げますわ。今でなくてもいいでしょう?」
なかなか弁の立つ女児だ。
「なるほど……。では、お主の未来に1ついただこう。もう一つは、このやり取りの記憶をいただく。思い出がなくて、こ奴らをどうするのか、見ものだな」
「リズ!だめだ!リズには何も関係ないじゃないか」
奴が慌てている。
「いいえ。わたくしが言い出したことですわ。それに、こんな綺麗な方たちをほっとけませんわ」
我らを、綺麗だと?
まさか!
我らは人間と違い黒い肌をしておる。
目も爬虫類のように縦に割いておる。
普通の人間なら、怖がる容姿をしているはずだ。
「ふふふ。綺麗な目ね」
女児が我に跪き、頬を撫でながら話しかけてくる。
「女児、我が怖くないのか」
「ええ。金の瞳が煌めいておりますもの。貴方の肌もすべすべで素敵よ」
ああ……。
我の心は女児に持っていかれた。
我らを受け入れてくれた清き心に、魅入られてしまった。
「エアルケーニヒ(魔王)さん、わたくしのここでの記憶は差し上げます。そして、将来何かを差し上げます。ですので、わたくしのお友達にくださいな」
「女児よ、そなたの心に敬意を表す。……こ奴らは、お主に預ける」
エアルケーニヒ(魔王)はそう言い、我らを魔界から解放した。
「貴方たち、ごめんなさいね。ご家族と会えなくなりましたわ」
女児が泣きそうな顔をしている。
「我々は元々、家族という概念がない。気にするな」
「そう、なのね。……では、わたくしが家族になりますわ。あ、でもわたくしの記憶が無くなるのよね……。フィー、後のことお願いいたしますわ」
ふふ……と笑い、女児が倒れた。
気を失ったのだろう。
「リズ!……仕方ないな。お前たち、人間の姿になれるだろ。しばらく俺の知り合いの元魔族のところでいろいろ学んでくれ。次にリズに会わせるのは、それからだ」
元魔族が、人間と暮らしている?
そこで、人間のことを学べというのか。
「――ああ、わかった。……その女児。いや、その方のお名前は?」
我は問うた。
「彼女は、エリザベート・オーエンツォ。俺の大事な大切な、唯一無二の女性だ」
エリザベート様。
尊い方のお名前。
我らは人間の容姿に変化し、名前を改めた。
我はクラリス・シュミット。
Dはダーニエル・シュミット。
我らは兄妹として、ずっと貴方に仕えます。




