55.
フランクリン王子とアイシャ様の契約が結ばれなかったことを受け、大聖堂の中では大きな騒めきがおこりました。
「ねえ、契約が結べないって、どういうことなの?」
「フランクリン王子は、エリザベート様とは結べた、のよね?」
「でも、短刀を持っていたのは……フィリクス様よね」
「フィリクス様って、エリザベート様の元婚約者よね」
「……結局、どうなってるの?
「……さあ――」
ええ、混乱しますわよね。
わかりますわ。
でも、何も言いませんけど。
大司祭様の様子を見ると、笑っております。
しかも、悪いお顔ですわ。
そんなことを思っておりましたら、目が合ってしまいました。
おちゃめに舌を出しております。
いけない大人ですわね。
「さて、契約の義はここまでじゃ。最後に、陶器を割るまじないをして終わりにしよう。エリザベート嬢はすでに奉納しておるから持ってこさせる。アイシャ嬢は?持ってきたかの?」
「え?陶器?割るって?」
「え?アイシャ、常識だろ?持ってきてないってこと、ないよね」
持ってきていません、よね。その顔は。
フランクリン王子は、常識だと言っているということはその点はご存じだったのですね。
参列していたアイシャ様のお父様の男爵が顔を手で覆い、泣いております。
泣くくらいなら、きちんと教育なさればよかったのです。
ご本人が学ぶことが嫌だというのなら、貴族の作法を必要としない家に嫁ぐようにご指摘された方がご本人の為でしたのに。
まあ、アイシャ様がフランクリン様と結ばれることにならなかったとしても、わたくしも彼と婚姻は嫌ですけれども。
まだ何かと騒いでいるお2人のことは気に留める必要もございません。
わたくしは控えていた司祭様より奉納しておりました陶器を受け取りました。
フィーと一緒に絵付けをした、思い出のものです。
婚姻の際に二人で割ろうと言っていたものです。
「リズ……、これは」
フィーが陶器を見て、驚いております。
「ええ、これはあの時のものですわ。未練がましく、これを奉納しておりましたの。ですが、無駄にならなくて、よかったですわ」
皿にクローバーや花を描いた、思い出のもの。
わたくし達は、2人で陶器を持ち、勢いよく下に叩きつけました。
パリン!
とても大きな音がいたしました。
大聖堂に響き渡り、ステンドグラスの窓が振動して色ガラスの光が揺れます。
この陶器を割る儀式は、大きな音を立てて悪魔祓いをすると言う昔からのおまじないです。
大きな音が災いを遠ざけると考えられていた昔からの習わしは、貴族平民関係なく当たり前の常識なのです。
そして、陶器を割った後は掃除を2人で行い、これからの困難を2人で乗り越えましょうという、最初の共同作業です。
控えの司祭様が小さな埃取を持ってきてくれ、わたくしたちは破片を集めていきます。
大きな破片は3つ。
そして、中位のものが2つあります。
大きな破片は司祭が持ってきてくれた布に包んでいきます。
「……」
わたくしは中位の2つを手にした時、どうしても捨てるべきではないと思ってしまいました。
「リズ?」
フィーが覗き込みます。
「フィー、この2つは――、持って帰ります」
手にした2つの破片、四葉のクローバーと白い小花です。
「そうか。うん、いいと思う」
フィーは、否定しませんでした。
可愛いこの2つの破片。
きっと、わたくしにとって、大切な何かなのだと思うのです。
なので、大切に大事に手に取って握りしめました。
わたくし達は見つめ合い、そして笑い合いました。
これで、きっといいのだと。
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クラリスside
エリザベート様の婚姻式は、大聖堂で行われます。
私とダーニエルは、エリザベート様の護衛と侍女なので側にいなくてはなりません。
ですが、場所が大聖堂なのです。
「ダーニエル、どうしましょう」
「クラリス、我らはエリザベート様の側に行かなくては」
「ええ……。何とかして対策しなくては」
我らは大聖堂に入ると、――身が焼けてしまう。
どうしようかと悩んでいると、フィリクス様から声を掛けられた。
「2人とも、大聖堂に入れなくて困ってるよね」
この男は、やはり覚えている。
「……だから、なんだというの?」
警戒しながら、返事をする。
「裏技、教えてあげるよ」
裏技?人間ごときが、何を言うのか。
「信用しなよ。リズが信用して大事にしている2人だから、助けてあげるって言ってるんだ。感謝してよ」
「……何を企んでいる?」
「何も。ただ、リズを助けてあげてよ。これからも」
それだけで、手を貸すというのか。
我ら、――魔族に。
「この魔蚕で作られたショールと魔鋼で作られたイヤーカフ、これを着けるんだ。身を焼くことはない。だけど、息苦しいと思う。それは我慢してくれ」
なんと、魔蚕や魔鋼を知っているとは……。
それらを受け取り見てみると、魔素を感じる。
「ちゃんと、婚姻式を見てくれ。何かあれば、リズを守って」
「わかった。……助かる」
感謝の気持ちを、この男に伝えるなんて。
癪に障るが、エリザベート様が好いておられるから、仕方あるまい。
ショールとイヤーカフを身に着け、我らはそっとエリザベート様を見守った。
無事に、あの男と婚姻を結ぶことが出来、エリザベート様は幸せそうだ。
「エリザベート様……。あんなに幸せそうに、笑っておられる」
「よかった。婚姻が出来ぬかと、心配したが、杞憂だった」
そして、陶器を割る儀式の際、我らの耳は、体は、その音と空気の揺れに頭を抱えた。
我らを払おうとする音がする。
遠ざけようとする揺れがおこる。
息苦しい。
頭が、割れそうになるほど痛い。
でも、我らはエリザベート様の側を離れない。
エリザベート様が、破片を集めている。
大きな3つはすでにあの男が布に包んだ。
残りの2つを、エリザベート様が手に持つ。
「……」
我らは、捨てられるのだ。
それでいい。
我ら魔族は災いを呼ぶとされているのだから。
これまで、お側で使えることが出来たのだ。
もう、十分幸せだ。
捨てられるその瞬間を待っていると、エリザベート様は大切に手に持って握りしめてくれた。
「エリザベート様……。ああ……。我らを捨てないのですね」
「我らを大切にしてくださっている」
我らは、泣いた。
いつの間にか、頭痛もなくなり、息ができるようになっていた。
「ずっと、あの方に尽そう」
「ああ。我らが、ずっと、お守りしよう」
未来永劫、かの方の身が老いて、魂のみとなっても。
ずっと、ずっと……。




