54.
大聖堂の中央をまっすぐ歩いておりますと、そこかしこで顔見知りの方々を見かけます。
王妃様や侯爵夫人、伯爵夫人たちの茶会で楽しく会話をさせていただいた方たちです。
皆、心配そうな顔をされております。
シャルロッテ・バロニン・フォン・カッシュ男爵令嬢も来られておりますわ。お隣の男性は、確か伯爵家の嫡男。……そうでしたのね、わたくしが噂をうのみにしてしまっただけ、でしたのね。反省ですわ。
ヴァージン・ロードを歩きながら、そんなことを考えておりますと、いつの間にか祭壇の前まで来ておりました。
参列者の最前列にはルーイスやフラウ・ジェシカ、王妃様と珍しくオリヴァー公国王の姿も。少し離れたところにはニール様やユーリウス様の姿もあります。
フランクリン王子とアイシャ様は中央を陣取って、祭壇の前には大司祭様が一段上に立たれ、わたくしたちを見つめておりました。
「フランクリン王子、少し左へ寄りなさい」
大司祭様は冷たい視線を投げかけながら言います。
「へ?左?」
締まりのない王子の声が響きます。
「アイシャ嬢は2歩下がりなさい」
少し苛ついた大司祭様が手を払う仕草をしながら言います。
「え?下がる?」
よくわかっていない様子ですわ。
「これより、婚姻式を執り行う。公国の王族の婚姻式に異議あるものは声を上げよ。異議がなければ、沈黙を持ってこれを示せ」
大司祭様は声高に問いかけた。
一つの音もたてず、少しの時間、静寂がこの空気を占めた。
何拍かした後、大司祭様が首肯し、手を掲げました。
「沈黙を持って、異議ないものとし、契約を執り行う」
大司祭様がこちらを向いて柔らかい笑顔で優しく話しかけます。
「エリザベート嬢は、そちらのサイン台で署名を」
「かしこまりました、大司祭様」
小さすぎない声で、返事します。
「王子とアイシャ嬢はそちらのサイン台へ」
先ほどまでの好々爺の顔は一変し、感情の乗っていない顔で淡々と話しかけます。
「え?エリザベートの方の契約書には?」
フランクリン王子が質問をします。
「少し前にサインをもらっておる。早くそこにサインをしろ」
王子に少しどうかと思う言い方をしてますわ。まあ、どうでもいいのですけれど。
わたくしが右手のサイン台にペンを持ち、署名欄を見つめました。
とうとう、契約を結ぶことになってしまいました。
署名欄の上に書かれている契約内容に目をやります。
1.この契約はどのようなことがあろうとも覆すことはできない。
2.この契約は死を迎えようとも未来永劫解くことはできない。
3.これは正しい契約のみ結ばれるもので、間違った契約を結ぼうとした者はその身をもって償わなければならない。
少し、変わった内容でした。
間違った契約だと、どのようなことになるのでしょう。
そして、もう覚悟を決める時間です。
周囲に気づかれないように深呼吸を一つ。
インクを付けて、契約書にペン先を近づけます。
――エリザベート・グレーフィン・フォン・オーエンツォ。
一気に書き上げました。
とうとう、書いてしまいました。
ペンをスタンドに立て、契約書を持ち上げました。
ふと気になり、相手の署名欄に視線を横に流しました。
――フィリクス・ヘルツォーク・フォン・リヒシュタッド。
フィーの名前が、公国の王子として書かれておりました。
契約書を持つわたくしの手が小さく震えました。
涙が、うっすらと湧き上がってくるのを感じ、慌てて息を吐き落ち着こうと努めます。
そして、ゆっくりとフィーの顔を見ました。
フィーは、わたくしに笑顔で頷きます。
わたくしも、笑顔で頷きました。
契約書を祭壇の前に立つ大司祭様――、叔父様に手渡しました。
駄目だと言われるかもしれません。
鼓動が早くなり、喉が渇きます。
大司祭様は、フィーとわたくしの契約書の署名を確認し、
笑顔で頷いてくれました。
わたくしとフィーは並んで祭壇に立ち、大司祭様を見上げます。
フィーは、王妃様からわたくしにと用意してくれていた短刀を胸に当て、その時を待ちます。
「リヒシュタッドの血の下に、この契約を結ばん」
大司祭様は契約書を片手に大声で宣誓いたしました。
すると、フィーが持っていた短刀に光がどこからともなく集まり、柄頭の窪みに晴れた空色の石が現れました。
それはまるで“スカイブルートパーズ”のような、そんな石です。
「この契約は、無事に結ばれた。エリザベート・ヘルツォーギン・フォン・リヒシュタッド。正妃の誕生である」
大司祭様が締結されたことを告示すると、大聖堂の参列者は完成を上げました。
わたくしは、フィリクス様と――、フィリクス王子と婚姻を結ぶことが出来ました。
「次に、アイシャ嬢。契約書をこちらへ。あ~。短刀の用意を、フランクリン王子」
大司祭様は、アイシャ様とフランクリン王子に声を掛けます。どこか、やる気のなさそうに見えるのはわたくしだけでしょうか。
「え?短刀?そんなのいるの?」
フランクリン王子、用意しておりませんわね……。
見かねたどなたかが予備で用意していた短刀を持ってきました。
そして、どのように持つのかを手取り教えておりました。
参列者は、その姿を見て笑い、会場がざわつきました。
もたつきながら、場を整え、ようやく契約の宣誓を行うようです。
「リヒシュタッドの血の下に、この契約を結ばん」
大司祭様が大声で宣誓します。
ですが、待てど暮らせど光は短刀に集まらず、参列者も不信がり始めます。
「あ~。無理じゃな。フランクリン王子とアイシャ嬢は婚姻は結べん。そうじゃな、愛妾と言ったところになるかの」
面倒くさそうに言い放つ大司祭様。
「どうしてよ!なんで私が愛妾なのよ!」
「え?アイシャは愛妾?」
2人はその結末に納得いかなかったり、不思議がったり。
予備の短刀も必要なくなりましたわ。
そして、これで事実も確認できました。
フランクリン王子は、――王家の血を受け継いでいないということが。




