52.
リヒタイン侯爵家では蔑ろにされることもなく、穏やかな時間が流れました。
夕餉はフィーとニール様、ユーリウス当主、ルーイスとわたくしと……。
「なぜ、叔父様がこちらに?」
「え?来ちゃいけなかったの?」
「いえ。来られる意味が分かりませんので」
「ああ……。だって、私はユーリウスのいい人だからよ」
「っ!!!」
なかなかの衝撃を受けました。ユーリウス様が、フラウ・ジェシカと恋人だったなんて。
あの宰相のユーリウス様が、まさか、ね。
「他のみんなは知っているわよ」
高速で振り返り、集まっている人たちの顔を確認いたしました。フラウ・ジェシカがいることが当たり前のような顔をしております。知らなかったのは、わたくしだけだったようです。
「パメーラ様が、いませんが……」
「あ、あの女?追い出したわよ。邪魔だから」
叔父様……ではなく、フラウ・ジェシカ。追い出したのですか。
「ユーリウスと子供たちのためにも、ね。離縁したのよね」
「ああ、彼女がいると全てがおかしくなる。もっと早くこうすればよかったんだ……。すまない」
「ユーリウスが悪いわけじゃないわ。オリヴァーが悪いのよ。あの女を押し付けてきて」
「そう、だな。でも、子供たちを俺の子として育てられたことだけは感謝だな」
「そこだけ、ね。だから、パメーラが訪れたとしても屋敷には入れないから安心しなさい。使用人も、あの女の息がかかった人間はいないから」
「え……。使用人も追い出したの?」
「当たり前じゃない!いつ毒を盛られるか、気が気じゃないわよ」
そうなのですね。この屋敷でも、そのようなことがきっとあったのですね。
「それなら、安心ですわ」
目の前に置かれたスープも、安心し出来るものだと思うと、香りが柔らかいものに感じてきました。
笑顔のある食卓。楽しい会話。やはり食事はこうあるべきだと改めて思います。
「姉様、ここは安全だよ。みんな事情を知っているから」
「ええ。皆様、ありがとうございます」
「リズ、そんなにかしこまらなくていいんだ」
「フィー……。そうね。ありがとう、皆様」
ゆっくりと食卓にいる人たちの顔を見ます。
普段は笑わないユーリウス様が、こんなにも穏やかな笑顔を見せておられます。
ニール様とルーイスは、口を大きく開けて笑っています。
フラウ・ジェシカは、意外にも母性味溢れる慈愛の笑みを浮かべて嬉しそうです。
フィリクス様は……。フィーは、蕩けるような顔をわたくしに向けてくれています。
貴族としては品がないと言われるかもしれません。
ですが、この場は“家族”の団らんそのものなのです。
「わたくし、幸せですわ」
扇子で口元を隠さず、大きな笑みを浮かべます。
******
その頃、リヒタイン侯爵家の門の前では、パメーラが大声をあげて喚いていた。
「ここを開けなさい!侯爵夫人の帰宅よ!」
「……あなたはもう、奥様ではございません。お引き取りを」
門番と護衛騎士が門の内側から冷ややかな視線を送ってくる。
「は?奥様じゃない?そんなはずないわ!」
「いえ。既に離縁は承認されました。王家の玉璽も押されています」
「!なんで!私はサインしていないわ!」
「そう言われましても、サインと血判入りの離縁書が、ほらここに」
護衛が書類を開いて見せ来た。サインも血判もした覚えがないが、ひったくって破ってしまえばなかったことにできると思い手を伸ばすが、あと少しというところまでしか指先が行かない。
「やめてください。破ろうとしたでしょう。本当に汚い人だ」
「うるさいわね!私のものもまだ屋敷にあるんだし、通しなさいよ」
「あ~。もうありませんよ。ご実家に送りましたよ」
「実家に?」
「ええ。ご実家の伯爵家へ。早く向かわれた方がいいのでは?木箱を置いたとたん、ご実家の方々が群がっていましたよ」
「い、いやあ!!!」
最悪よ!実家の奴ら、金目の物に目がないのよ!これまで集めた装飾品やドレスが売り飛ばされるじゃない!
なんで、こんなことになったのよ!
これも全部、カトリーンとエリザベートの母親のゾフィーとエリザベートが悪いのよ。
あいつ等がいるから、私の幸せが奪われるのよ!
絶対に、許さない!




