49.
忙しい日々が少し落ち着きました。
わたくしはソファに腰かけ、薬草茶を優雅に飲んでおります。
「ヤスミン」
わたくしは侍女に声を掛けます。
「なんでしょうか、お嬢様」
侍女のヤスミンが忙しそうにしながら返事をいたします。
「わたくし、暇なの。何か面白いことはないかしら?」
そう、わたくしはこれまでの忙しい日々に慣れてしまい、報告待ちの今が暇で仕方ないのです。
「ありません。お嬢様以外は忙しいのです」
そっけない返事が返ってきます。もう少し主を敬ってくれてもいいのでは?
「鼠も見かけませんわよ」
「みんなで!全員追い出しているんです!」
あら、使用人たちは皆、優秀ですわ。
屋敷を見回すと、確かにわたくし以外は忙しそうにしております。
婚姻式まで3日となり、両親が屋敷に戻ってきます。そのための部屋の準備もしなくてはなりません。
そんな中、祝いの品々が届き、さらに忙しいのでしょう。
「そこまで頑張らなくてもよろしいのに……」
誰に言うでもなく、ただ心の声が漏れてしまいます。
フランクリン王子とアイシャ様はそれなりに相思相愛ですし、世継ぎもすでに身籠られています。わたくしは、一人。きっと、王子の執務を担うだけの毎日になることでしょう。
「わたくしは、フランクリン王子と婚姻を結ぶのではなく、公国と婚姻を結ぶ……ということね」
カップに注がれた薬草茶に写る自分の姿にそっと話しかけます。
諦めなさい、と――。
******
翌日、ドレスの最終確認をするからと連絡があり、登城することになりました。
馬車にはヤスミンとクラリスが、御者の隣にはダーニエルが座っております。
ミヒャエルは、まだ戻ってきていません。
城に着きますと、金切り声が聞こえており、騒がしくなっています。
「どうかしたのかしら?」
「あの声は、アイシャ様かと」
「……」
嫌な予感しかありませんわ。
城勤めの下女に案内され、とある部屋へ向かいます。歩みを進める先には、騒がしい人たちが喚いておりますが、よろしいので?
「あ!エリザベートさん!あなたどういうことよ!」
はて、何のことでしょう?
「私のドレス!地味なんですけど!」
あら、そんなことでこんな騒ぎを?
「結婚式なんだから、派手にしたいのよ!あなたが一緒だから、私のドレスの予算が減ったに違いないわ!」
ええ、そうでしょうね。間違いありませんわ。
「だから、ネックレスや指輪を寄こしなさいよ!」
装飾品を?寄こせと?わたくしが用意していませんから、そのようなことを言われましても。
「あなたのドレス、見せなさい!私のより地味かどうか、確かめるから!」
知りませんよ。わたくしが用意していませんので。王妃様にお伺いしてくださいな。
「もう!なんとか言いなさいよ!」
「あら。わたくし返事しておりませんでした?申し訳ございません。……式の準備はわたくしにはわかりかねます。王妃様にお伺いを」
それでは……と横切ろうとした時でした。
「ムカつくわね!」
アイシャ様が叫びながらわたくしの腕を掴みかかりましたの。
勿論、触れられたくありませんので、後方に一歩下がり避けます。
そういたしましたら、アイシャ様は空を掴み、よろけましたの。
「なんで避けるのよ!」
はあ……。この方の相手は嫌ですわね。
「わたくしに危害を加えるかもしれないのに?なぜわたくしがそのようなことを言われなくてはならないのかしら?」
「うるさいわね!私の言うことに歯向かわないで!」
さらに手を伸ばして来ました。
その手が、クリームやらなんやらで汚れております。
わたくし、顔が引きつってしまいました。
どうしても触れられたくありません。
とっさに鉄扇で軽くはたきましたの。
「痛い!」
この方、大げさですわね。少し赤くなっただけですのに。
「この女、私に怪我を負わせたわ!捕まえて!」
面倒な人ね。
「正当防衛です。それより、赤くなっていますから、すぐに冷やした方がよいのでは?わたくしは急ぎますので、失礼」
相手にする必要ありませんから、さっさとここから立ち去りましょう。
後ろでは、まだ何か叫んでいます。城勤めの使用人たちはわたくしを捕まえる気もなく、アイシャ様をなだめるのに必死でした。皆様、お疲れ様です。
そして下女に案内された部屋に入りますと、カトリーン王妃様がおられました。
驚きましたので、少し目を見開きましたが、表情を戻し礼を唱えます。
「至高なる国母のカトリーン王妃様にご挨拶申し上げます。エリザベート・オーエンツォが参りました」
丁寧に、腰を低く、目を少し伏せて。
「いらっしゃい、エリザベート。かしこまらないで」
王妃様は、相変わらず優しい声音で話しかけてきます。
「……」
わたくしは、何も言えず、カーテシーを崩しません。
「エリザベート……。今日は最後のドレスの調整、よね」
「そのように伺っております」
まだ、カーテシーを崩しません。
「……楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます」
視線は下に下ろしたまま、体を起こして背筋を伸ばします。
「ドレスはね、ここには置いていないの。あの子たちが何するかわからないから、大司祭様に預けたのよ」
「左様でございますか……。では、本日は要件もございませんので御前を失礼いたします」
「エリザベート……」
王妃様は何かを言いたそうな物言いでした。
ですが、気が付かないふりをして、すぐに退室いたしました。
カトリーン王妃様に対し、堅苦しい言葉使いとなってしまいました。
フィリクス様の婚約話は嘘の噂でしたが、一度疑ってしまったことが消えることはなかったのです。
「絶対、なんていう言葉は、ありませんものね……」
ぽつりとつぶやいた言葉。
後ろに控えていたヤスミンとクラリス、ダーニエルは黙って言葉を飲み込んでおりました。
「急ぎ帰りましょう。お父様とお母さまが帰ってこられますわ」
自由気ままな両親の相手をすることを考えると、頭が痛くなります。
早歩きで馬車寄せに向かっていたわたくしたちは、両親の対応に気が取られていたので気がつきませんでした。
柱の陰からこちらを見ていたオリヴァー公国王がいたことなど――。




