47.
「ルーイス、スヴェンさんを見つけられなかったわ」
事務局に笑顔で入り、視線を合わせます。
瞬きを、2回連続して1拍置いき1回ゆっくりとする。
ルーイスは瞬きを1回。
“任務完了”と“了解”の合図です。
「司祭様、残念ですが今日は帰ります。よろしくお伝えください。姉様、帰りましょう」
わたくしは首肯し、急ぎ馬車寄せに向かいます。
「スヴェンはパメーラと繋がっていましたわ。ミヒャエルにスヴェンを調べさせています。パメーラは今日引き取った2人を使ってオーエンツォ家の人間を殺す話をしていました。早急にあの子たちを“教育”しなくてはいけませんわ」
「わあ……。あの女、本当にクズだね。どうせ見つかっても自分たちは関係ないって言うつもりでしょう。人間を使い捨ての駒だと思っているね。僕の大嫌いな人種だよ。ハイデとエリカはすぐに礼の場所に連れて行こう」
「ええ、このまますぐに向かいますわよ。ヤスミン、金貨は持ってきていますよね?」
「はい。手形もあります」
「ありがとう。ひとまず3枚包んでおいて」
「かしこまりました」
あの女の言葉に苛立ちしか感じません。
人の命をなんだと思っているのかしら。
自分さえよければいい?
いいえ、違いますわね。
自分中心に世界が回っていると思っているからこそそんなことが出来るのですわね。
わたくし達の歩みは、必要以上に音を立てておりました。
「クラリス、待たせたわね。すぐにここから離れますわよ」
「ミヒャエル様はどうされますか?」
「彼は別の用事をお願いしています。話は馬車の中で」
「かしこまりました」
ヤスミンは御者の横へ、わたくしとルーイスは奥へ詰めて座り、クラリスはハイデとエリカと一緒に端に寄って座りました。
「クラリス、状況がよくありません。2人には“教育”をしてくれる人に預けます」
クラリスは目を伏せ、首肯しました。
暫く馬車を走らせ、花街にやってきました。馬車は表ではなく、裏に停めます。
「エリザベート様、こちらは……」
「娼館よ」
「それでは……」
珍しく、クラリスの目が泳いでいます。
「ふふふ……」
わたくしは何も言わず、笑うだけでした。
馬車を下り、足早に勝手口へと向かいます。
扉を3回ノックし、小窓が開きました。
「ゲッティン(女神)に会わせて。エリザベートよ」
「嬢ちゃん!」
小窓を開けた強面の男が急いで扉を開けます。
「ダンさん、元気でした?皆様お変わりはなくて?」
「元気だ!久しぶりだな!」
「ええ、ダンさんも顔に傷が増えて、ますます男前になりましたわね」
「まあ、これくらいが護衛としてはいいってことだな。お!ルーイスじゃねえか!そろそろ筆おろしか?」
「ダンさん。僕はそっちには興味ないからいいんだよ、今日は別件。フラウ・ジェシカ(マダム・ジェシカ)に会いたいんだ」
「ルーイスはあっちなのか。それはすまなかったな。ジェシカは2階の執務室だ。上がってくれ」
「ありがとう。連れもいるから騒がしくしてごめんね」
「まあ、お前さん達なら問題ないだろ。気にするな」
ルーイスとダンの会話を聞きながら、クラリス達の様子を伺います。
ハイデとエリカは青ざめた顔をしています。
クラリスは驚いて目を見開いていますわ。
「ハイデとエリカ。貴方たちを娼婦にするつもりはありません。ここで所作を学び、少し武術を身に着けてもらいます。フラウ・ジェシカはいい人よ。心配しないで」
出来る限り、優しく声を掛けました。
2階の執務室の扉をノックし、声を掛けます。
扉の向こうから是の返事をいただきましたので、遠慮なく入っていきます。
「久しぶりですわ、フラウ・ジェシカ」
「エリザベート!久しぶりじゃない!」
わたくしに返事をしたのは娼館の主のフラウ・ジェシカ。
180cmの高身長で腕も脚も立派な筋肉がついている男性が、黒いワンピースを着て化粧しております。
「本当に久しぶりですわ、叔父様」
わたくしは笑顔でハグをいたします。
「叔父様じゃなくて、ジェシカでしょう。あら、少し痩せたんじゃない?」
「ほんの少し」
「……ゆっくりと話を聞かせなさい。
ところで、今日はどうしたの?」
「実は……」
わたくしとルーイスはかいつまんで事情を話しました。
叔父様は眉間に皺を寄せ、黙って聞いてくれました。
「申し訳ないのですが、この2人の“教育”をお願いしたいのです」
「大人しい2人ね」
フラウ・ジェシカはしゃがみ、2人と視線を合わせます。
「でも、芯のある子達みたいね。読み書きと算術は?」
「問題ないと聞いていますわ」
「……うん。右の子は帳簿をメインにさせる。左の子は武術をさせるわ」
「お任せします。ヤスミン、フラウ・ジェシカにあれを」
ヤスミンに金貨の入った包みを渡してもらいます。
「エリザベート、悪いわね。薬を調達させてもらうわ」
「ええ、花たちが病気にならないように」
「そう言えば、また南国から変な薬が出回っているみたいよ。気を付けなさい」
「それは媚薬かしら?」
「媚薬も毒も、よ」
「……叔父様、毒は手に入るかしら」
「子飼いに手配させるけど、変なことに使わないでよね」
「ええ。使うつもりはありませんわ。どんな毒なのか、知りたいのですわ」
「そう……。無理はだめよ」
「ありがとうございます。叔父様」
「こらこら、フラウ・ジェシカと呼びなさい」
「わかりましたわ。叔父様」
わたくしは笑いあいます。
ハイデとエリカは、最初は戸惑うことでしょう。
ですが、この子たちを守るためには裏の社会に隠す必要があります。
オーエンツォ家にもまた鼠が入ってくるでしょう。
スヴェンが接触をはかるのも目に見えています。
わたくしは、ギュッと手を握りしめます。
大人たちの事情に巻き込まれた子供たちを、
駒にはさせません。




