45.
朝餉を食べ終わり、わたくしは身支度を整える必要がありました。
昨日は何もしておりませんが、参加予定の茶会に出ていませんでしたのでお詫びの手紙を書かなくてはなりませんし、養護院へお迎えにもいきたいのです。
ですが……。
「……ヤスミン。わたくし、感情が凪のようになっていて、何を着たらいいのか、どんな化粧にしたらいいのか……、わかりませんの」
素直に、現状を伝えました。
「お嬢様の心は疲れていますからね。ヤスミンの修行の成果をここで披露できますからお任せください」
大きく胸を張り、仰け反っていますわ。
「ふふ……。では、お任せしますわ」
「はい!」
淑女教育では化粧や装いについても学ぶのでしょうか。
でしたら、どれほどの成果なのかを見たいところです。
ですが、それがあっているのかの判断はできるかしら。
ヤスミンは衣装室から3着ほどドレスを持ってきました。
どれも赤いドレスです。
2着は夜会で着たものではなかったかしら……。
胸のあたりが少し開いているものです。
1着は体のラインが比較的わかるタイプの茶会用のドレスです。
「……どれにしますの?」
「そうですね……。さすがに夜会用のドレスはやりすぎですね。こちらの茶会用にしましょう」
茶会用ということは、わかっていたようです。
ヤスミンに手早く着替えをしてもらいました。
動きは洗練されていると感じましたわ。
「化粧はどうしますの?紅はどれに?」
鏡台の椅子に座り、鏡越しにヤスミンに問いかけます。
「そうですね……。あ、この深紅がいいです!」
「……」
それでいいのかしら……。
「ねえ、ヤスミン。クラリスにも見てもらいません?」
「え?クラリスさんですか?……そうですね。私の修行の成果を見てもらいたいですしね!化粧してから見てもらいましょう」
これまた手早く、化粧をしてもらいました。
紅は深紅。
目元や頬の化粧は……、濃いような気がしますが……。
本当にこれでいいのかしら?
「クラリスを呼んできて」
「わかりました!ふふ。楽しみです」
「……」
すぐにクラリスが到着しましたが、わたくしを見た途端、固まってしまいました。
「クラリス、これはどう思います?」
「これは……、エリザベート様のご指示、でしょうか」
「……いいえ。ヤスミンが見繕ったドレスに、ヤスミンがよいと思った化粧よ」
クラリスは、わたくしの言葉を受け、憤怒の顔でヤスミンを睨みつけました。
「どういうこと!これは!」
「え?かなりいい出来だと思いますけど」
「なにが!どういいの?!」
「え、ですから、悪役令嬢スタイルですよ」
「「……」」
悪役令嬢?
わたくしは、悪役令嬢なのですね。
「エリザベート様、私がドレスも化粧も直します」
「ええ、お願いするわ」
「え?駄目でした?いい出来だと思ったのに……」
「「よくありません!」」
「ええ~」
ヤスミンは少し不貞腐れましたけど、悪役令嬢になるつもりはございませんわ。
それとも、わたくしは悪役令嬢に見えるというのでしょうか。
「ヤスミン。わたくしは悪役令嬢に見えますの?」
クラリスに普通のドレスを見繕ってもらい着替え、化粧を1からしてもらっています。
「いいえ。見えませんよ。ですが、そんなふうに勘違いしている人もいるようですね」
「え?それは、どなたから聞いたのです?」
「えっと、淑女養成講座に来ていた男爵令嬢と伯爵令嬢がそんなことを言っていましたね……」
「ヤスミン、後で名前をリストにしてちょうだい」
もしかしますと、噂が流れているのかもしれません。
変な噂が立てば家門に傷がついてしまいます。
ルーイスにも確認が必要となりそうです。
ヤスミンには噂をしていたご令嬢の名前をリストにしてもらい、わたくしは茶会に伺えなかったお詫び状をしたためました。
主催の伯爵夫人には、後日改めてご挨拶しに伺おうと思います。
お茶会に参加できなかった。
わたくしが心折れてしまったから。
心折れて何もできなくなるなんて、国母になる資格ありませんわ。
もう一度、婚姻を考え直しても良いのではないでしょうか。
とは言え、婚姻式まで日がありません。今更やめるわけにもいかない時期でもあります。
1人で考えるのも限界がありますわね。
「クラリス、ルーイスに時間を貰えないか聞いてもらえるかしら」
昨日のことをルーイスにも謝らなくてはなりませんし。
「かしこまりました」
「クラリス、貴方にも迷惑を掛けましたわ。ごめんなさい」
「っ!いいえ……。エリザベートお嬢様が元気なら、いいのです。いつも笑っていただきたいのです。私では、役不足でしたけど……」
「ありがとう。役不足だと思っていませんわ。役割が違っただけです。貴方にもずっといてもらいたいのよ」
「は、はい」
クラリスは最近涙もろいようですわね。目元が赤くなっていますわよ。
クラリスがルーイスに話をしに行きますと、すぐにルーイスがやって参りました。
「姉様!元に戻ったのですか?!」
「ある程度は、ね。貴方にも迷惑を掛けましたわ。ごめんなさい」
「うう……。僕はいいのです。姉様が辛いときに、気の利いたことが出来なくてごめんなさい」
「ルーイス……。貴方は悪くありません。これからもわたくしのかわいい弟でいてね」
「はい!ずっとです!」
わたくし達はギュッと抱きしめ合いました。
喧嘩もしたことありました。
それでも、これまでずっと、支え合ってきたのです。
これからも、支え合っていくのです。
「ルーイス、わたくしの噂がいろんなところで流れているようですわ」
ヤスミンが書き起こしたリストを手渡します。
「ヤスミンがこちらの令嬢方が話をしていたと」
「ん~。ニールにも相談させて。この家門、ニールの傘下、だと思うんだ」
「あら、やはりそうなの?ということは……」
「うん。その可能性はある、よね」
「ええ……。あくまでも、可能性ですけどね」
「噂は辿っていくから待ってて。それより、教会で何があったの?僕たち何も知らないからさ……」
「そう、でしたわね」
わたくしは、教会で会ったことを話しました。
ルーイスとヤスミン、クラリスは黙って聞いておりますが、顔が険しくなっております。
「姉様、これはおかしいです」
ルーイスが怒気を含んだ声で言います。
「ええ、あり得ませんよね」
ヤスミンの顔に感情が乗っていません。
「エリザベートお嬢様の心をあの男が弄んだのですか……」
クラリスはフィリクス様に怒っていますわ。
「何もおかしくはないでしょう。心変わり、されてしまった。それに、わたくしがフランクリン王子との婚姻を承諾してしまったのですから。何も言えませんわ」
「違うんだよ、姉様。そもそも、フィリクス兄様は婚約していないんだ」
「え?でも、教会の司祭様は……」
「……ねえ、司祭様って誰?」
「えっと、確か男爵家の3男の方、だったような気がしますけど……」
「姉様、確かめに行きましょう」
「教会に?」
「ええ。養護院から2人の身請けに行きましょう。そのついでに、確認するだけです」
「そうね。ついでに教会に行くだけ、ですものね」
わたくしとルーイスは、低く声音を落とし、笑いました。
まだ、全員を信じることはできません。
信じる必要はないのかもしれません。
それでも、ここにいる人たちはわたくしを大切にしてくれます。
それだけは、疑いようのない真実です。




