44.
帰ってきたヤスミンに甲斐甲斐しくお世話をされ、朝餉もしっかりと食べました。
はしたないけれど、寝着のまま食べましたの。
「お嬢様、ふわふわのオムレツを作ってもらいましたよ。大好きだったでしょう」
好き嫌いはほとんど言わないわたくしですが、オムレツは本当に大好きでした。
「そう、ね。美味しいと感じることが出来るかしら……」
味の認識は出来ます。感情がそこに感じられなくなっていますけれど……。
「今は、心が疲れているんですね。ゆっくりと心に寄り添いましょう」
ヤスミンは明るく言います。悲観もしない。ゆっくり回復したらいいと言ってくれます。
「ええ。ありがとう、ヤスミン」
ヤスミンは口角を大きく上げ、歯を見せながら笑っています。
淑女教育は及第点ギリギリだったようですね。
ですが、わたくしにはそんな彼女が必要なのです。
銀のスプーンに1掬い。
ディ・トマーテ(トマト)のソースがほんの少しかかっています。
大きな口を開けてスプーンを迎えます。
卵独特の風味、ヤギの乳の香り、少しの塩味、ディ・トマーテ(トマト)のほんのりとした青臭さ、バジリクム(バジル)がアクセントとなっています。
そして、美味しいと素直に思えました。
「……っ」
鼻の奥がツンとします。
目の奥が熱いです。
わたくしは、美味しいと感じることが出来ました。
感情が伴わない食事は辛かったのです。
味は認識できても、感動は無いのです。
感動のない食事は、生きるための行動でしかなく、ただただ苦痛だったのです。
「ヤスミン。……美味しいわ」
「よかったです。パンは雑穀パンなので、ヴァルトエーァベーレ(野生イチゴ)のジャムを開けてもらいました」
ヴァルトエーァベーレ(野生イチゴ)は5~6月に森で採れる小粒なものを蜂蜜で甘く煮てジャムにしたものです。とても貴重なジャムを付けるなんて、贅沢ですわ。
「わたくしにそんな高価なジャムを……。申し訳ないわ」
「いいのですよ。お嬢様が元気になるかもしれないなら、問題ないのです」
雑穀パンを一口大にちぎり、ツィーゲンケーゼ(ヤギのチーズ)とヴァルトエーァベーレ(野生イチゴ)のジャムを付けます。
「お嬢様、遠慮して少ししか乗せてないじゃないですか。もっと!ほら!」
ヤスミンが山盛り乗せてきます。
とても、贅沢な見た目です。
一口で食べられるでしょうか。
大きな口を開け、ツィーゲンケーゼ(ヤギのチーズ)とヴァルトエーァベーレ(野生イチゴ)のジャムをを零さないように、慎重にパンを運びます。
パクリと一気に口に入れると、熟成されたツィーゲンケーゼ(ヤギのチーズ)のクリーミーさと酸味の効いたヴァルトエーァベーレ(野生イチゴ)のジャムが口の中に広がります。
雑穀パンがパサつくので、ちょうどいいくらいの食感です。
ジャムの甘酸っぱさが、雑穀パンの香ばしい風味とプチプチとした食感がたまりませんわ……。
「これも、美味しいわ」
「よかったです。ジャムもチーズもお嬢様の好物ですからね」
ヤスミンは深く問いただして来ません。
わたくしの大好きなものを朝餉に出します。
けれど、わたくしの感想を聞き出そうとしません。
ただ、寄り添ってくれます。
「……ヤスミン。貴方はわたくしに必要不可欠な存在ですわ」
いつもなら、こんな風に褒めたりは致しませんわよ。
でもね、貴方がいてくれて嬉しいから、今日だけは褒めてあげますわ。
「お嬢様、当たり前です。私はずっと傍にいるって決めているんですからね」
ヤスミンが赤子の時から、ずっと傍にいたわたくし達。
おむつを替えてあげたこともありましたわ。
今は、わたくしがお世話をされています。
主という立場と、仕える立場という主従関係です。
ですが、かけがえのない“家族”になっていたのでしょう。
「ヤスミン。貴方に出会えて、よかったですわ」
家族とは、血のつながりだけではないと思うのです。
どのように一緒に暮らしたのか。
素直な言葉で会話をしているのか。
日々の積み重ねが、血を分け合っていなくても絆を深めます。
婚姻式まで半月を切っております。
わたくしは、フランクリン王子と家族になれるのでしょうか……。
わたくしが愛されるとはどうしても思えなく、せめて尊重し合える“家族”となれればよいのですが――。




