41.
ずっと、ずっと……。
空を眺めていました。
時折白い雲が流れたり、黒っぽい鳥が羽ばたいていたり。
空は忙しそうです。
どれくらいの時間が経ったのでしょうか。
小さく扉をノックしてクラリスが入ってきました。
「っ!……エリザベート様。昼餉はどうしましょう」
もうそんな時間になっていましたのね。
「……こちらに持ってきて」
小さく顔を向けて返事をします。
「ですが……」
「……」
クラリスは何か言いたそうです。
ですが、わたくしは疲れてしまったのです。
返事も、面倒なのです。
わたくしは、顔を窓に向きなおし、再度空を眺めました。
また、どれくらいの時間が経ったのか、気が付くとテーブルにサンドウィッチと一口大に切られたアプフェル(リンゴ)の乗った皿が置いてありました。
飲み物は、グラスが伏せてあり、ピッチャーにスライスされたオラーンジェ(オレンジ)入りの水が入っています。
サンドウィッチはコプフザラート(レタス)とスライスされたゲコホテス・アイ(ゆで卵)が挟んであります。1口噛みしめます。塩と胡椒の味がします。
1切れ目のサンドウィッチを、あっという間に食べ、2切れ目もすぐに食べ終えました。
グラスをひっくり返し、ピッチャーの水を注ぎます。
微かに柑橘系の香りがします。
1杯目を一気に飲み干し、2杯目をグラスに注ぎます。
半分くらいを飲み干し、アプフェル(リンゴ)を口にします。
シャクリと音がします。
昼餉は、全て食べました。
その後はまた、窓辺に向かい、空を眺めました。
ずっと、ずっと……。
ただひたすら、空を眺めました。
空が茜色とピンクがグラデーションになる頃、ノックもなく扉を開けられました。
「姉さま!」
ルーイスでした。
わたくしは顔を横に向けます。
「……姉、さま」
ルーイスも眉をハの字にさせています。
「……」
「どうして……」
「……」
返事をするのは、やはり面倒です。
瞬きを3回。
ルーイスも、瞬きを3回。
わたくしは、両手を軽く握り、パッとその拳を開きました。
――ほっといて。
「っ!!!」
ルーイスは顔をしかめました。
わたくしはまた、窓の外を眺めました。
先ほどまでは明るかったのに、赤紫と深い群青色になっています。
今日は、空をずっと眺めておりました。
空の色も様々なのだと、認識できました。
******
僕は姉さまの部屋からクラリスを連れて戻り、話を聞くことにした。
「クラリス、どういうこと?」
「それは……、教会で何かがあったようです。私は着いて行ってませんから詳しくは知らなくて……。その、慌てて教会から出てこられて倒れられてしまったのです」
「着いて行かなかったの?倒れたなら、何故僕に知らせない?」
「……はい。エリザベート様が馬車で待つように、と。お知らせするのは、エリザベート様が起きられましたら確認してからと思いました」
「教会で、何かあったんだね……。クラリス、姉さまが倒れたなら、姉さまに確認せずにすぐに知らせて。姉さまが君たちの雇い主だけど、そう言うことは緊急事態だから。次は、ないからね。……ニールに手紙を書く。すぐに使いに出て」
「!……かしこまりました」
“ニール
姉さまの様子がおかしい。
昨日姉さまが教会に行って倒れた。
何か知っている?
ルーイス“
クラリスは大急ぎでニールへと手紙を渡してくれた。
そして、その場で返事を書いてくれた。
“ルーイス
昨日、兄上が教会に行った。そこでエリザベート様の婚姻式の下見をしたと聞いている。
その時に、エリザベート様の友人というご令嬢から声を掛けられたと言っていた。
学園で兄上が婚約したという噂を耳にした。数人からもそうなのかと聞かれた。
兄上は、婚約していない。
どうしてそんな噂が流れたのかわからない。
兄上にも話をする。
ニール“
フィリクス様が、フィリクス兄様が婚約?
あんなに姉様のことが好きなのに?
――あり得ない。
たとえ、姉さまがフランクリン王子と婚姻を結んだとしても、フィリクス兄様がすぐに他のご令嬢と婚姻するはずがないんだ。
ご令嬢と教会で会ったのは昨日。
噂は、いつからだ?
「クラリス、ヤスミンはいつ戻る?」
「2日後です」
「……明日戻ってきてもらえないか?」
「ダーニエルを使いに出します」
「ああ。ついでに、ダーニエルも噂をそれとなく聞き込みするように言っといて」
「かしこまりました」
「急いで」
姉様は、はっきりとした性格なのに、優しくて情に厚い。
そして、脆い。
人の噂を、普段なら鵜呑みにはしないけど、たぶん気を張りすぎて限界を迎えていた可能性がある。
「フィリクス兄様からも、気を付けてあげてと言われていたのに……」
『リズは、頭の中がいっぱいいっぱいになると、妄想が爆発して危険になるから、気を付けてあげて。俺にすぐに言ってくれたら、なんとかするから』
ごめん、フィリクス兄様。
忙しくて、姉様を見ていなかった。
駄目だね。
“忙しい”はただの言い訳だ。
姉様は、ずっと僕を守ってくれていたのに!
ニールもフィリクス兄様に話してくれているだろう。
僕も、できることはどんなに汚くてもする。
姉様を守るのは、僕の番だ。




