40.
翌日の早朝。
朝日が昇ろうかという時に目が覚めました。
いつもの通り、誰かに起こされることもなく、自然に――。
鏡台に向かい髪に櫛を当て、丁寧に梳く。
軽く化粧を施し紅をさそうと手を伸ばした時、どれを取ればいいのか躊躇しました。
目の前に並んだ紅は、どれも違う色合いだと認識はしています。
それなのに、どれも同じ“紅”にしか見えません。
「……」
少し悩み、左端の1つを手にしました。
残りの紅にもう一度視線を送りますが、違いがわかりません。
「……」
鏡台に紅を一つ残して、何も言わず呼鈴を鳴らしました。
扉の向こう側から、パタパタと走ってくる音が近づいてきます。
「エリザベート様、お目覚めですか!」
わたくし、昨晩は一度目を覚ましましたが誰も呼ばず、そのままベッドに戻っております。
クラリスは、今目が覚めたのだと思ったのでしょう。
「ええ。着替えを手伝って」
端的に用件のみを伝えます。
「本日はどうされますか?」
毎日ドレスを選んでいましたので、いつものように聞いてきます。
「……どれでもいいわ」
「え……?どれでも、いいのですか?」
「ええ、どれでも」
「……エリザベート様?」
淡いピンク、深みのある緑、レースの装飾が多いものやシンプルなもの。
どれも認識しています。
ですが、わたくしには、
どれも同じに見えるのです。
クラリスの眉が、ハの字になっております。
何かを言いたいような、そんな顔をしているのでしょうか。
「……それなら、右端のものを」
「え?こちらは冬用の厚手のものですが……」
「そう、ね。厚手、だわ」
だから、どうかしたかしら?
何がいけませんの?
わたくしには、――わかりません。
小さくため息を吐き、ドレスを選ぶのを諦めて窓辺へと向かいました。
窓から見える空は目が覚めた時よりも明るくなっており、白んだ青色をしている。
きちんと、認識できている。
何かを見つめているわけでもなく、ただ外を眺めていますと腹の虫がなりました。
右手を腹部に当てました。
そう言えば、昨晩は何も口にしていません。
お腹が、空いたのでしょう。
「……クラリス、この部屋に朝餉を持ってきて」
無機質な声で、要求を伝えます。
「……すぐに」
クラリスは、慌てて部屋を出ました。
彼女の声は、少し震えていました。
暫くすると、クラリスがトレーにパン粥と果実を乗せて戻ってきました。
彼女は時々鼻をすすり、目尻が赤くなっています。
「テーブルに置いて。仕事に戻りなさい」
「エリザベート様!」
「聞こえませんでしたか?」
「……いいえ。何かございましたら、お呼びください」
彼女が部屋を出たので、椅子に座り粥をスプーンで掬います。
ほのかに乳の香りがいたします。
小さく口を開け、粥を流し込みます。
「……」
ほんのりと塩の味がいたします。
スプーンでもう一掬い。
塩と乳の味を、――認識しました。
隣の皿には一口大に切られたアプフェル(リンゴ)があります。
フォークで1つ刺し、口に運びます。
噛みしめると、シャクリと音がし、果汁が溢れてきます。
この季節が旬の果実です。
瑞々しいので、新鮮なものだと認識いたしました。
「……」
目に見えるもの、
耳で聞こえる音、
様々な匂い。
認識は、できています。
ですが、何も感じることは――ありませんでした。
少し朝餉を口にした後、自身で着られる簡易ドレスを出して着替えることにいたしました。
先ほどは、厚手のものを選んだことで、クラリスがいい淀んでいたことを思い出し、中位の生地の5分袖のものにしました。
「……」
レースなどの装飾がほぼないもので、色は……青灰色です。
着替えた後は、窓辺に椅子を置き、外を眺めました。
空は、鮮やかな青色になっていました。




