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誠実という名の鎖に繋がれた国母は、微笑みながら毒を飲む  作者: 蒼宙 つむぎ


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39.

『リズ。今日は何を読んでいるの』


 ああ……。これは、幼少の頃の夢ですわ。

 よくフィーの屋敷の図書室で本を読んでいましたから。


『フィー。今日はね、外国の王妃様の手記を元に書かれたらしい物語を読んでいますの。婚約者が他のご令嬢に惹かれてしまい身を引くのですが、何故だか誤解をされいわれもない罪を着せられて……ということが書かれていますわ』


『ははは!どこでもそう言う話はあるんだね』


『あら、他の国々でも同じようなお話がありますの?』


『あ~、うん……。あるって聞いたこと、ある……かも。それより、読んでいてどう思った?』


 そう。フィーは必ず読んだ感想を聞いてきましたわね。


『そうですわね……。わたくしは人情の機微を感じ取るのが苦手ですけれども、懸想している方が他の方に懸想していると知りましたら……、辛いですわ。やはり、この主人公のように身を引こうと考えますわね』


『リズは優しいからそう思うんだろうね。俺はずっと、リズだけだよ。俺のこと、信じて』


『フィー……。嬉しいですわ。……ですけれども、気持ちは日々変わると言いますわ。フィーが、未来永劫わたくしだけを見てくれるとは限りませんわ……』


『リズ……。他の人はそうかもしれない。でも、俺はこの命が尽きたとしても、ずっとリズだけだよ。信じて』


 なんて残酷な夢なのでしょう。

 フィーは、約束してくれましたのに。

 信じてと言ってくれましたのに――。




 わたくしは、ゆっくりと目が覚めました。

 どうやら泣いていたようで、枕が濡れています。


「……」


 わたくし、教会でフィーとシャルロッテ様の姿を見てしまい、逃げるようにして立ち去り、気分が悪くなって……倒れたのでしたわね。

 夢と現実が混同していて、少し現状把握するのに時間がかかりました。


「ふふふ……」

 わたくしの口から、渇いた笑いが漏れました。


 やっぱり、人の気持ちなんて、変わるものですわ。

 信じたわたくしが馬鹿でした。

 “絶対”なんて、あるわけないのに。

 その時は、“絶対”だと思っていただけですのに。


 幸せだった頃の自分を、哀れだと思ってしまう。

 他人を信じるなんて、大馬鹿者だと、今ならわかります。



 誰かが悪いとは、言えません。

 ただ、フィーが心変わりをしただけのことです。

 ただ……、信じたわたくしが愚かだっただけです。



「……いいえ、違いますわ。わたくしが運命を変えれなかっただけ……、ですわ」


 王子妃を打診されたときに、フィーに相談できなかったわたくしがいけなかった。

 フィーのお父様のユーリウス様とお父様とお母さまの話し合いに、もっと抵抗すれば違う未来があったのかもしれません。

 ですが、オリヴァー公国王の王命だと言われて、諦めてしまったのです。


「……」


 わたくしの頭の中で、大きな違和感が芽生えました。

 あのオリヴァー公国王が、フランクリン王子とわたくしの婚姻を王命にしたというのかしら。

 公国王として、政務をほとんどしていない方が?

 会議にも出ていない人が?


「あり得ませんわ……」


 誰が、王命だと偽ったのでしょう。



 ベッドから体を起こし、机に脚を運びます。

 椅子に座り、帳面を捲ります。

 書き起こした内容に目をやると、やはりオリヴァー公国王が王命を出したとは思えません。

 公国王の王命だと言って勅命を出せる人は……、


「カトリーン様だけ」


 玉璽も、カトリーン様が管理しています。

 オリヴァー公国王は、何もできない。


 では、何故カトリーン様がわたくしをフランクリン王子の妃にしようとしたの?


 アイシャ様では、国母にはふさわしくないから。


 そして、公国を正すためにわたくしが必要だと言っておりましたわ。


「それは、おかしいですわね」


 何も、わたくしでなくてもよかったはずなのです。

 同年代の令嬢は、そのほとんどが婚約をすでに結んでおります。

 わたくしもフィーと婚約しておりました。

 それであれば、わたくしでなくても侯爵家のご令嬢に王命を出せばいいだけです。


「フィーは、わたくしと別れたかった、ということかしら」


 先代公国王のレオポルト様とカトリーン様の間に産まれたフィリクス様がシャルロッテ様と幸せな婚姻を結ぶために、わたくしが邪魔になった。丁度、アイシャ様がフランクリン王子の御子を身籠った。王子妃として頼りないから、わたくしが正妃としてこの国を支えて欲しいとお願いすれば、わたくしを問題なく遠ざけられます。


「そういう、ことでしたのね……」



 わたくしとの婚約を解消したいのであれば、こんな遠回りなことをしなくてもよかったのです。

 一言、もう好きではないのだと言ってくださったら身を引きましたのに。

 わたくしが泣いて縋ると思ったのかしら。

 面倒なことを避けるために、わたくしを王子妃という籠に閉じ込めようと考えたのかもしれませんわね。


 カトリーン様の茶会でシャルロッテ様が隣にお座りだったのも頷けます。



 ひとしきり考えを巡らせたわたくしの心は、急激に冷え込んでまいりました。

 腑に落ちるという言葉は、こういうことを言うのではないでしょうか。




 窓の外に目をやると、日が傾き茜色に染まった空が見えます。

 わたくしは、その空をじっと見つめました。


 窓の外に空が広がっているという現実と、その空が茜色なのだと、両の目が認識した。

 ただ、それだけ。

 夕空が綺麗だと思う感情は、ありません。


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