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誠実という名の鎖に繋がれた国母は、微笑みながら毒を飲む  作者: 蒼宙 つむぎ


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38.

 フィリクス様とシャルロッテ様の中の良さそうな逢瀬を見てしまった後、クラリスが気を利かせ、少し来た道を戻った先からの抜け道を使って屋敷に戻りました。

 わたくしはその間も心ここにあらずで、足元をふらつかせていたような気がいたします。


「エリザベート様、大丈夫ですか?」

 クラリスが問いかけます。


「……ええ。大丈夫、ですわ」

 なんとか返事は致しました。


「大丈夫そうには、見えません」


「……」


 クラリス、お願いですから何も言わないで。

 今はそっとしておいてくださいな――。


 自室に入り、窮屈なコルセットを外して簡易なドレスに着替えたわたくしは、ソファに深く腰掛けます。


 久しぶりに見かけることが出来たフィーは、やはり素敵でした。

 穏やかに柔らかな笑みを浮かべた横顔を見て、心が痛みました。

 以前は、その瞳にわたくしを映してくださいましたのに、今はシャルロッテ様を映しています。


 仕方がないのだと、頭ではわかっていますのに、――心が追い付いていません。

 フランクリン様との婚姻式まであと20日ですのに。

 フィーのことを気にかけてしまうのは、婚儀に愛が伴わないからでしょう。


 フランクリン様はアイシャ様と相愛です。

 わたくしは、ただの政略結婚です。

 いいえ。

 わたくしは、この公国と婚姻を結ぶ、と言った方がしっくり致します。


 わたくしは、愛されない王子妃。

 正妃であろうと、ただのお飾りです。


「エリザベート様、ハーブティを入れました」

 クラリスが気を利かせてお茶を入れてくれました。


「いい香りね。これは、ラヴェンデル(ラベンダー)の香りね。気持ちが落ち着きますわ」

 わたくしは、ゆっくりと香りを吸い込みます。

 幼少の頃によく遊んだ、あのラヴェンデル(ラベンダー)の丘を、思い出します。


 ただ思い出しただけでしたのに、気が付いたら左側の頬を一筋の涙が伝いました。



 最近は忙しかったからよかったのです。

 考える暇がなくてよかったのです。

 少し、忙しさに慣れて余裕ができたのが、よくなかった、のです。



 机の隅に立てかけていた小さな紙片に視線が向きました。

 ソファから立ち上がり、その紙片にそっと触れます。


 “愛している。

 フィー“


 暗号になっていた文字は、遠い昔の記憶のものになってしまったようですわ。



 わたくしは、その紙片をパタリと伏せました。

 引き出しには、入れません。

 ですが……、

 今は見るのも、つらいのです。




 暫くは屋敷から出ずに小刀の扱いの練習にあてようとしておりましたのに、ルーイスに教会へと使いに出されてしまいました。

 養護院の2人をできるだけ早く屋敷に迎え入れたいので、手続きをお願いされたのです。

 出来ましたら、住み込みで、すぐにでも来て欲しいと考えております。



 クラリスと養護院へ向かい、司祭様へ声を掛けます。以前お話をしました司祭様です。

 すぐにでもオーエンツォ家に迎え入れたいと伝えますと、膝をつかれて感謝されてしまいました。

 司祭様は、大袈裟ですわね。


 書類にサインをしなくてはなりませんので、一旦教会の執務室へと向かうことになりました。少し時間がかかるとのことですので、クラリスには馬車で待ってもらいます。


 9月半ばの教会は、暑さを凌ぐ場所としても人気で、デートされている男女も多くみられます。

 わたくしには、彼らの笑顔が眩しすぎて、目を細めてしまいます。



 養護院の2人の手続きが終わり、馬車寄せまで司祭様が見送りをしてくださることになり、他愛もない話をしておりました。


「エリザベート様、婚姻式までもう日がございませんね」


「ええ、本当に……」


「そう言えば、フィリクス様がご令嬢とこちらに来られて、我らも驚いたのです」


「……そう、ですか」


「とても仲が良さそうで。あ、噂をすれば、あちらにおられますね」


「えっ……」


 司祭様が顔を向けられた先に、フィリクス様とシャルロッテ様が談笑されているように、見えました。


「式場の下見、のようですね」


「……。そう、ですの」


 わたくしの喉が、ひどく乾きます。

 シャルロッテ様とは、もうそこまでお話が進んでいますのね……。



 視線の先の2人は、一言二言話しては、笑っているようです。


「……」


 何を話しているのでしょう。

 どんな楽しいことがあったのでしょう。

 わたくしも、そんなふうに過ごしていたかったのに……。


 ふと立ち止まり、足元を見ました。

 ちゃんと、地に足がついているかどうか、不安になってしまったのです。

 踏みしめているのが石畳だというのに、ふわふわしているかのような、そんな感覚がして仕方がありません。


 気が付けば、息も苦しくなっています。

 小さく、でも思ったより大きく。

 口で呼吸をします。

 息を整えたいのに、ままならない。


 そのうち頭がくらくらとし、気分が悪くなってきました。

 急な吐き気に、口元に手を当てます。


 急いで、ここから去らないと。


 足早に、教会から出ました。

 ここには、いたくありません。


 馬車寄せにクラリスの姿を見つけ、

 縋りたい気持ちになりました。


 ですが、クラリスの元へたどり着く前に、

 視線がぐらりと揺れ、

 わたくしは意識を手放してしまいました――。


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