3.
カトリーン様との拝謁が終わり、お部屋を出るとパメーラ様に呼びだされてしまいました。
呼び出された先は、王宮の小さなお部屋です。
なぜ、このようなところを選ばれたのでしょうか……。
「パメーラ様、エリザベートです」
扉の前で声を掛けます。
「エリザベートさん、入って」
イライラされたお声です。
わたくしは小さく息を吐き、扉を開けて入ります。
「パメーラ様、何か御用でしょうか」
まっすぐに、視線をそらず見つめました。
どんな探りを入れてくるでしょうか。
「あなた、カトリーン様と何を話していたの?」
まさかの直球でした。
話をはぐらかした方がいいでしょうか。
「フランクリン様との婚約の件でございます」
あえて、婚約とひとくくりで話してみました。婚約解消したいということは伏せます。
「貴方ごときがフランクリン様と婚約だなんて……。忌々しい。あの高貴な方と婚姻を結ぶ?あり得ないわ」
何でしょうか。パメーラ様のご子息のフィリクス様との婚約の時も感じたこの違和感。
わたくしは伯爵家の息女ですので家格が下ですし、見下されたとしてもそれほど気にしておりません。
ですが、フィリクス様に対しても良い感情をお持ちではないようで、「まあ、お似合いの2人じゃないかしら」とおっしゃっていましたが……。
王子のフランクリン様に対しては崇拝しているような……、何か違う感情をお持ちなのかしら。
「そう、ですね。わたくしごときが王家へ輿入れなど、許されるはずありませんよね」
そう、だから婚約したくありませんの。
「あら、よくわかっているじゃない。自分の身の程を知っているところは認めてあげるわ」
そう言いながら自身の手入れの行き届いた爪を、そしてはめられた指輪を眺めています。
「ありがとう存じます」
とりあえず、お礼を申し上げておきます。
「本当に、フィリクスと言い下賤な血が交る者同士、纏まっておけばいいものを……」
独り言、でしょうか。ご自身の子供に対して、いかがなものでしょう。
チッ
思わず、舌打ちをしてしまいました。
「ん?何か言いましたか?」
パメーラ様はご自身の考えに耽っておられたようです。舌打ちとは気がつかれませんでした。
「いいえ。何も。……風の音ではないでしょうか」
わたくしは顔色も変えず、風のせいにいたしました。平和のためです。
それにしても、フィリクス様に対しての態度は目に余ります。同じご子息のニール様と扱いが違い過ぎます。
ニール様はフィリクス様の2歳下です。幼児というわけでもございません。ですからニール様への溺愛に違和感があるのです。
お2人のお顔も流石兄弟です。よく似ておられます。
ニール様は左目尻に黒子がございます。パメーラ様にも同じところに。ニール様は母親似なのでしょう。
フィリクス様にはございませんが、御父上のユーリウス様にも黒子はございませんので父親似ということですわね。ですが、お顔はユーリウス様とはあまり似ておられませんね……。ご子息お2人とも。
「……」
なぜだか、わたくしの思考がよくない方へと沈んで行ってしまっております。
こういう時はさっさと帰宅し、好きな本を読み耽りたくなります。
「……パメーラ様、わたくしそろそろ下がらせていただきます」
丁寧に、でも有無を言わせない距離を置く言葉を発します。
「え?ああ、そうね。オリヴァー様に私も会いに行かなくては……」
パメーラ様、国王のお名前を気安く口にするなんて、よろしくありませんわ。
いくら、寵愛を受けておられると言いましても、妃ではありません。
お2人だけの時だけにしてくださいませ。
わたくしは遠い目をパメーラ様に向け、退室の礼を取りました。
帰宅するために車寄せの場所へと急ぎます。
東屋にいたはずのフランクリン様とアイシャ様が、王宮のロビーで仲睦まじくお話をされております。お邪魔してはいけませんから、できるだけ気配を消し、ヤスミンと若干急ぎ足で突っ切ります。
ですが、気配を消せなかったようで、声を掛けられてしまいました。
「エリザベート、母上のところへ行っていたのではないのか?なぜ王宮に?」
フランクリン様はわたくしをなめるように見てきます。
そのような目で見てこなくでくださいませ。それに話しかける必要、ございませんよね。
「フランクリン様にエリザベートがご挨拶申し上げます。……実は、パメーラ様から声がかかりましたので、向かっておりました」
事実のみ、端的にお返事いたしました。
「ああ、お美しいパメーラか。……母上もパメーラみたいな華のある人なら良かったものを……」
華、ですか。一体どのような華なのでしょう。
見た目は可憐ですが……、匂い立つ香りは夜を思い浮かんでしまいます。
「チュベローズ……」
先ほどの紅茶のことを思い出し、小さく顔をしかめてしまいました。
いけませんわ、淑女らしからぬことですわね。
今日は気疲れすることが多かったので、無表情の仮面が剥がれてしまっています。扇子を広げ、口元を隠しなんとかこの場を引き上げようと考えました。
「エリザベート、そなたは笑みも浮かべることが出来ないのか。少しばかり美人だからと偉そうな奴だな」
貴方様に笑みを向けるなんて、嫌ですわ。わたくしが少しばかりの美人、ですか。そんなことを言っておりますと、アイシャ様に叱られますわよ。
「申し訳ございません。無愛想なもので。フランクリン王子には私のような者が隣に立つのは……よろしくありませんわね」
だから、わたくしも婚約破棄をしてくださいませ。
「あ……。少しくらいなら、不愛想でも構わんが……」
やめてください!何を肯定しようとするのですか!気持ち悪い!
扇子の陰で、思いっきり顔を歪めてしまいました。
顔を隠していて、よかったですわ。
「お2人のお時間のお邪魔になりますので、お暇させていただきます」
そう言って淑女の礼をし、音もたてずにその場を去りました。
後ろではアイシャ様が何やら喚いておりますわよ。言わんこっちゃない。
あ、声に出してはおりませんね。
失礼。
馬車に乗り込み、ヤスミンが大きな声で喚き始めました。
「信じられません!カトリーン様に華が無いですって!あの王子、目が腐っております!」
「ヤスミン。気持ちはわかりますが、不敬で捕まりますわよ」
ヤスミンの的を射た言葉に思わず笑みが零れてしまいます。
「まあ、エリザベート様はお美しいので、そこはいいのですが」
ヤスミン、貴方の目も悪いのではなくて?医者にかかることを薦めますわ。
「……カトリーン様は、カラーやスパティフィラムのような美しさがありますわ。香りも、爽やかなほんのりと甘い香りがイメージですわね」
あの白い、凛とした佇まいがカトリーン様そのものに見えます。
そう、いやらしくない清廉なそのお姿こそが、国母としてふさわしい。
「フランクリン王子も何というか……、パメーラ様のようなくどい美しさのお顔ですよね」
「……」
確かに、パメーラ様とフランクリン様は、どことなく似ておられます。左目尻の黒子も……。
嫌な考えを抱いてしまい、わたくしは車窓から外を眺めました。
西の空に雨雲が見えます。
「嵐が、来そうですわ」
ぽつりと、窓に雨粒が落ちました。
急いで帰らないといけませんわ。




