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誠実という名の鎖に繋がれた国母は、微笑みながら毒を飲む  作者: 蒼宙 つむぎ


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2.

「エリザベート、いらしゃい」

 柔らかく、慈愛に満ちた声と笑顔の国母、カトリーン様が声を掛けてくださいます。


「至高なる国母のカトリーン様にご挨拶申し上げます。エリザベート・オーエンツォが参りました」

 わたくしも、礼節に倣いカーテシーをしながら口上を述べます。


「堅苦しい挨拶はいらないわ。お茶の用意をしたら、みんな下がって」

 カトリーン様はわたくしと二人きりで話がしたいようです。

 わたくしは向かいのソファに座るように促されました。


 お茶の用意を下女の方々が手際よく整え、大半の方々はいそいそと下がっていきました。

 侍女のパメーラ・リヒタイン侯爵夫人を除いて――。


「パメーラも下がって」

 カトリーン様はいつもより低い声で声を掛けられました。


「私はカトリーン様の侍女です。傍にいるのが当り前ですわ」

 カトリーン様にこのようなものの言い方は、……いかがなものでしょうか。

 パメーラ様はフィリクス様のお母さまですが、少し……我が強くていらっしゃり、正直苦手です。


「パメーラ、下がりなさい」

 カトリーン様が、もう一段低い声で退室を促しました。

 わたくしは軽く目を伏せ、少しパメーラ様に視線を傾けます。


「しかし!」

 何ということでしょう。パメーラ様はそれでも食い下がろうとします。


「もう1度言います。……下がりなさい」

 完全なる命令をカトリーン様が下されました。パメーラ様は顔をしかめ、ぶつくさと何か言いながら扉に向かいます。

 瞼をゆっくりと上げますと、パメーラ様と目が合ってしまいました。


「!!」

 わたくしは、びっくりして体が少し跳ねてしまいました。

 あんなに憎らしげに見られるなど、今までなかったものですから……。




 パメーラ様も退室され、本当に二人きりになりましたが。

「……」

「……」

 カトリーン様はただ、じっとわたくしを見つめたまま話しかけてくれません。

 数分経っても何も変化が起こらず、居たたまれなくなってしまい、音もたてず紅茶を一口いただきます。


「?」

 不思議――な、お味でした。少し、――苦い?

 好みではありませんでしたので少し眉間に皺が寄ってしまいました。

 カトリーン様のお付きの方がこのようなへまをするのでしょうか……。

 違和感が一滴、わたくしの心に落ちます。


 この紅茶の香りは、甘い熟れた果実のような……ねっとりとしているような……好みの香りではありません。

「チュベローズ……?」

 思わず頭に浮かんだ香りを口にしました。



「エリザベート、その紅茶はもう飲まなくていいわよ。ごめんなさいね。こちらの瓶のものをすぐに飲んで頂だい」

 慌ててカトリーン様が小さな小瓶を目の前に出されました。


「こちらは、何、でしょうか?」

 恐る恐る、伺ってみました。


「瓶の中身は、――解毒薬よ」

「!!」


 一瞬にして、理解してしまいました。

 わたくしは――、わたくしとカトリーン様は、命を狙われているのだと。



 震える手で瓶を持ち上げ、栓を抜こうとしますが手が滑ってしまいます。

 やっとのことで蓋が開き、急いでコクコクと飲み干しました。

 青みのある薬草の香りが口いっぱいに広がりました。



 紅茶に毒が含まれていたという確証はありません。

 ですが、初めて口にした苦みに、違和感があったのは確かです。

 そして、カトリーン様がわたくしを騙すとは考えられません。

 だって、わたくしを騙して特になることがありませんもの。



「エリザベート、フランクリンとの婚約は……、解消できません。ごめんなさいね」

 カトリーン様は、申し訳なさそうに話し始めました。


「どうして、わたくしなのでしょう」

 半年後に、フィリクス様との結婚式をあげる予定でしたのに……。


「フランクリンが婚約破棄をしてしまったでしょう……。アイシャ嬢では、この国を支えられません」


「ですが!……わたくしでも支えられるとは思えません」

 思わず、口調が強くなってしまいました。


「エリザベート、貴方は知性に溢れ、良識ある人です。そして、強い。何より、このリヒシュ公国を愛し、民のために誠実でいてくれる人です」


「わたくしは、強くありません……。知性を持ち合わせているとも、思えません。この国を愛しております。ですが、それだけです」

 ですから、わたくしを未来の国母に選ばないでくださいませ。


「いいえ。貴方しかふさわしい人はいません。……これは、未来のためなのです」

 カトリーン様は、どうしてもフランクリン様との婚約を、結婚を望まれるようです。


「わたくしの幸せは、考えてくれませんのね……」

 小さく、つぶやいてしまいました。


「大丈夫です。あなたの未来も、きっと天が正してくれます」

 どうして、天が正してくれるというのでしょう。

 なぜ、今ではないのでしょう。


 もう何も言えず、唇を噛んでしまいました。

 悔しくて目を伏せると、一筋の涙が頬を伝います。


「ごめんなさい。貴方を巻き込んで……」と小さく震えた声でカトリーン様は言われました。



 ああ……。

 わたくしは今、

 誠実という鎖の足枷が繋がれてしまいましましたのね。


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