36.
屋敷に戻る途中で、とうとう雨が降り出してしまいました。
雨粒は大きく、風も強い。
嵐ですわね。
「ルーイス、少しいいかしら?」
「姉さま、お帰りなさい。雨降ってきましたね。執務室に向かいますから、お着替えしてきてください」
わたくしは言葉に甘え、着替えをすることにいたしました。
最近のルーイスは紳士然としてきましたわ。わたくしとは違い、少し垂れ目で甘い顔つきなので人気もあるそうですし、そろそろ婚約者のことも考えなくてはなりませんね。
着替えが終わり、執務室へと向かい、クラリスが入れてくれる薬草茶を一口飲みます。
今日は柑橘系の香りがいたしますわ。
「クラリス、今日は何かブレンドを?」
「姉さまも気になった?とてもいい香りだよね」
「はい。今日はツィトローネングラス(レモングラス)をブレンドいたしました。少しお疲れのようでしたので」
あら、南国のハーブですわ。リヒシュ公国は北側の国ですし、山間部が多いですから手に入りにくいのに……。どこで手に入れたのかしら?
「クラリス、ツィトローネングラス(レモングラス)はどちらから?」
「王妃様から苗をいただき、温室で育てています」
「あら、カトリーン様にお礼をお伝えしなくては。いつもよくしていただいてばかりで、申し訳ないですわね」
「王妃様がしたくてされているのでいいかと思いますが、直接お会いした時にお礼を述べられたらいいかと思います」
「そうね。わたくしが手先が器用でしたら何かお作りいたしますのに……」
「あ、それはしない方がよいのでは……。王妃様もお嬢様の手作りは期待されていないかと……」
「そ、そうだよ……。姉さまは、何もしない方がいいから、ね」
「……」
最近のクラリスは、わたくしに少し強いですわ。まるで、ヤスミンみたいです。
ルーイスも少しはわたくしの肩を持ってくれても良さそうですのにね。
そう言えば、ヤスミンはいつ戻ってくるのでしょう。
「クラリス、ヤスミンはいつ戻ってきますの?貴族の嗜みはもう大丈夫なのかしら」
「来週には戻ってきます。淑女の嗜みは……なんとか様になったくらいだそうです」
「あら……、ヤスミンですものね。期待してはいけないわね」
「そうだよ、姉さまの刺繍と同じくらい期待してはいけないよね」
「……」
ルーイス、今日の夕食には、貴方の苦手なエルプセ(グリンピース)の付け合わせを山盛りにしてあげましょう。
「姉さま、お話しって?」
「養護院から2人、下女にどうかと思っておりますの。とても大人しいようだけど、読み書きと算術が出来ます。学ぼうとする姿勢も良かったです。体術も少し学ばせてもいいですわ」
「そうなの?クラリス」
「はい。簡単な護衛術なら問題ありませんし、気配を消すのもすぐにできそうでした」
「あ、それはいいね。でも、どうして養護院から?」
「子供たちの未来の為ですわ。公国はまだ裕福ではないでしょう。食い扶持を減らすために子供を捨てる人たちが、まだまだ減りません。彼女、彼らが辛いと言う気持ちで生きていくのは、わたくしには耐えられません。それにね、まだ子供の内からいろんなことを習得出来たら、オーエンツォ家に忠誠を誓ってくれるかもしれないでしょう?」
公国が、この先何10年、何100年も、あり続けるために。今よりもっとよく国になっていくために、人を育て、産業を盛り上げ、他国との国交を活発にしていかなくてはなりません。
そのための投資を、少しずつしていきたいのです。
「姉さん。やっぱり国母になるべき人だね。尊敬する。それから、大好きだよ」
「ええ、わたくしも貴方のことが大好きよ。大切な家族ですわ」
わたくしは、家族の為に、公国の民のためにできることをしていくだけですわ。
「それからルーイス、実は貴族名鑑で気になっていたことを調べてまいりました。あの人、この公国の民ではなかったの……。少し南方の国の出身でしたわ……」
「そうしたら、独自のルートを持っている可能性もあるよね」
「ええ。もっと詳しく調べたいけど、わたくしには手立てがなくて……」
「僕にも難しいね……。そうだ、ニールに相談しよう。ニールは御父上から貿易のことを学んでいるらしいから、もしかしたら何か手立てを思いつくかもしれない」
「そうね。でも、調べる相手が、ね……」
「うん……。ニールの気持ちも聞いてから、僕がきちんと話をするから」
「お願い、するわ」
わたくし達の周りの空気が重くなり、会話が途切れてしまいました。
クラリスの入れてくれた薬草茶は、そんなわたくしたちの気持ちをほんの少し柔らかくしてくれました。
窓の外は大荒れの天気で、雨がガラス窓を叩きつけています。
早く嵐が過ぎて欲しいと、強く願ってしまいました。




