19.
翌日、ルーイスは学園へダーニエルと向かいました。
王妃様の計らいにより、今後は通学はせず、課題を提出して早期卒業という運びとなりそうです。
そんな簡単に卒業を許していただいていいものでしょうか。
わたくしはクラリスと一緒に王妃様の元へ向かいます。その間、ヤスミンは養子縁組していただいた男爵家で貴族としてのあれこれを学んでもらいます。お互いに時間がありませんから。
「至高なる国母のカトリーン様にご挨拶申し上げます。エリザベート・オーエンツォが参りました」
今日もいつも通り、丁寧に挨拶いたします。
「エリザベート、次回からはその挨拶はいりませんよ」
王妃様はそう言ってくださいます。
「カトリーン様、それでは下のものに示しがつきません。きちんと挨拶くらいはさせませんと」
パメーラ様は、本日はこちらにおられます。王妃様をちらりと見ると、冷めきった目でパメーラ様を見ております。
「パメーラ、なぜここにいるのですか」
冷ややかに、あり得ないと言う顔でおっしゃります。
「私は王妃様の侍女ですから。側にいるものです」
いつもいないのに、よく言えたものですわ。
「あら、いつもいないのに?都合のいいこと言わないでちょうだい。それから、エリザベートは私の義娘になるのです。堅苦しい挨拶はいりません。そのことを貴方に言われたくないわ。下がりなさい」
いつになく、はっきりと物申されましたわ。
「ですが!」
パメーラ様、淑女らしからぬ行動はいかがなものかと。
「五月蠅いですね。今すぐ、出ていきなさい」
わたくし、初めてです。こんなに怒りの感情を表に出された王妃様を見るのは……。
驚いて、大きく目を見開いてしまいましたわ。
「チッ!!」
パメーラ様は顔を歪め、舌打ちをして出ていきました。
その顔、その物言い、治安のよろしくない娼館の方のような振る舞いのようです。
あ、いえ。わたくしは娼館で働く方を知らないのですけれどもね。
「やっとしずかになりましたね」
パメーラ様が立ち去り、カトリーン様は少し困ったような顔をしておられます。
お疲れ様でございますわ、王妃様。
そして、1つ息を吐いて、わたくしを真剣なまなざしを向けてこられました。
「エリザベート。ここからは、国母となる人間しか知りえないことを伝えます」
「はい。よろしくお願いいたします」
わたくしも、真剣に受け止めます。
王妃様のご指導は、ある意味とても不思議なものでした。
王城と離宮にある秘密通路のこと。
王家の婚姻契約について。
リヒテンシュタイン公国の成り立ちの裏側について。
――ここまでは、予想の範疇です。
ですが、ここからが問題でした。
「音を立てず、気配を殺して歩く練習をしなさい。クラリスに指導してもらってね」
「音を立てずに、ですか?気配を、殺す……というのは?」
「屋敷に帰ったら、教えてもらうようにね」
王妃様は、多くを語ってくれません。
「そして、貴方には辛いことだと思いますが……。閨は……、初夜は暗闇の中で、会話を交わさないこと。いいですね?」
暗闇はありがたく思いますが、閨をしなくてもいいとはおっしゃってくれませんのね……。
わたくし、ため息をついてしまいました。
「エリザベート、時間が経てば、貴方の杞憂は晴れます。私が貴方を守りますからね」
「カトリーン様……」
わたくしはフィーへの想いを抱えたまま輿入れをするのに。
どうしてそんなに優しくしてくださるのでしょう。
自分の息子以外の人に想いを寄せているわたくしでいいのでしょうか。
王妃様からご教授賜った後、フランクリン様とアイシャ様の笑い声が遠くから聞こえてまいりました。
フランクリン様もわたくしへの想いなどありませんから、お互い様、ですわね。
王妃様には申し訳ないと思いますが、フィーへの想いは捨てられません。
ですが、国母として、民のためにこの身を捧げようと思います。
「いっそのこと、閨の際は睡眠薬を飲んでしまいましょうか」
ぽつりとつぶやいた本音をクラリスが耳にし、小さなため息をついたことは、わたくしは知りませんでした。




