17 懲罰兵士
行きの二倍ほども時間をかけて、俺たち二人と一匹はやっとこさ第三補給基地に帰還していた。
「あー ったく、ここに帰ってくる事でこんなに安心しちまうとはなぁ」
俺にとっての地獄であり蠱毒である戦場が、今だけは安全地帯にも思える。それだけ今日の出来事... あの聖騎士との邂逅が衝撃的だったという事だろう。
下手したら戦争、それに最悪の場合は死んでたかもしれないし。あーやだやだ。
衛生兵がたむろする野戦病院に気絶しているネムを預け、俺は一人で頭でっかち野郎の元へと向かう。
「ビオス辺境伯代理、任務から帰還しました」
「ご苦労、では報告書をここに」
透き通るような声が、山積みの書類群から聞こえてくる。この麗人... いや、まぁ顔は見えないんだが、吊り目と泣き黒子がチャーミングな彼女こそが、俺をこき使う頭でっかち野郎。またの名を、総指揮官代理。ペトラ侯爵の代官として前線の指揮を取っている子爵家のご令嬢だった。
なんでもかのアマゾネスとは旧知の仲らしく、彼女の手綱を握れるのはこの者しかいないという事で、アマゾネスと一緒に派遣されてきたらしい。
これが本当に面倒臭い。それまでは現場の舵取りを俺が出来ていたのだが、この女が来てからはそうもいかなくなったんだ。元は帝都の貴族院を首席で卒業したらしく、その面に違わない天を衝くようなプライドを持っている。
その戦術眼(笑)によって導き出される数々の作戦は、打率にして約三割。十個作戦を立てれば、そのうち七個も失敗する。普段は侯爵派閥をヨイショする騎士達も、命がかかっているのもあってコイツだけは支持していないあり様だ。
現場を知らないお嬢様が、まるで兵士達をチェスの駒のように使い潰す様は、とてもじゃないが見ていられない。
だからこその頭でっかち野郎と言うわけだ。
唯一の救いは、豚侯爵のように相手を舐めた態度を取らない事だろうか? 彼女は一応、貴族に対しては礼儀作法を徹底している。なので、豚が前線に出張ってくるよりは100倍マシだ。目の保養にもなるしな。
「では、失礼します」
いつもの棚に書類を素早く起き、脱兎のごとく部屋を後に.... しようとしたが、鋭い声が耳を刺す。
「お待ちなさい。今期の懲罰兵が一昨日に到着しました。彼らに掛けられた【誓約】の引継ぎを命じます」
「....はぁ、い。了解しました」
この前のネム達新兵が運ばれてきた馬車に混ざっていた拘束具を付けた者。彼らは帝国法で裁かれた罪人であり、戦場で功を立てれば減刑を受けられるために自ら戦場行きを志願した奴らだ。
彼ら彼女らはビオス伯爵家の寄子であるアナスタシ子爵家が発展させた【誓約魔術】によってその命を縛られ、敵前逃亡や反逆を禁じられている。
で、その引き継ぎが俺に任せられるのは、【誓約魔術】の原典たる魔術こそが【生命魔術】の一系統だからだ。
【ダモクレスの剣】
対象の命を掌握し、生殺与奪の権を握る大魔術.... コレをあの子爵家は我が伯爵家から与えられ、寄子と寄親の契りを結んでいる。
その契約から200年ほど経ち、今では一魔術を【誓約魔術】という一魔術系統にまで昇華させたことは称賛に値するだろう。加えて、今では子爵家の魔術を受け継いだ者が各地に派遣され、戦場の懲罰部隊を統制することに一役買っている。
が、その魔術で寄親一族のほとんどを葬ったのはなんとも度し難い。
脳内で呪詛を吐きながら、懲罰部隊が駐屯する簡易宿舎で一人一人に魔術をかける。引継ぎに来た分家の者は、なんとも気色の悪い面持ちで俺を値踏みしていた。
「......次」
カツ、カツ、と、硬質で規則的な音が部屋の外から聞こえる。それは足音のようで、ドアをガラリと開けた音の主は、木の義足と床がこすれる音以外を置き去りにして目の前の椅子に腰を掛けた。
「奇槍か?」
「いかにも」
しわがれてなお芯を感じさせる声で、白髪の老人は俺の言葉を認めた。
有名な話だ。隻脚の不利を奇天烈な槍術で補った稀代の武人の勇名は帝国に轟いていた。義足でありながら瞬時にその形を武器へと変化させる【アーティファクト】で、両手の短槍と合わせて三槍流を扱い熟すという帝国の一番槍。
が、その英雄はある大罪を犯して騎士の位を剝奪され、帝国中の最前線を転々としていたと聞いていたが.... まさかココに派兵されるとはな。
【ダモクレスの剣】
首筋に小さな光の剣が浮かび、明滅して消える。これで今期の囚人兵の引継ぎは完了だ。そうして宿舎を後にしようとして.... 俺は足元に突き出されたものに気づいて足を止める。
「幼稚だな」
扉の前で、分家のゴミが俺をつまづかせようと足を突き出していた。その顔は歪に笑っており、あからさまにこちらを舐め腐っている。そして、俺はコイツに見覚えがあった。その昔、俺の父上に側近として侍っていた一人....
子爵家に鞍替えしてからはずいぶんと杜撰な教育を受けてきたようだな。おつむが足りないと苦労しそうだ。
「ふぅ... 【解体】【接合】」
一瞬のうちに、俺はその男の脊椎を人差し指で穿ち、その傷跡をずさんな魔術で治療した。
「あぉ... れぇ?」
泥酔したように床に座り込む男。
俺がしたことは至極単純、正確に男の神経を切断し、それを繋ぎ直しただけだ。とは言え、丁寧に治療したわけではないので神経の繋がりはちょとばかし乱れているがな。
ちなみに、この人体破壊術の最悪な点は、魔術による回復では治療できない点だ。すでに治療をして神経がデタラメに繋がれている状態なので、この状態を魔術は問題ないと認識する。
魔術に頼り切って医術の発展が遅れている異世界では、神経だのの知識も乏しい。コレを治せるのは世界でも俺だけだろうし、大半の魔術師はこの状態を闇魔術か精神魔術によるものだと判断するだろう。
「じゃ、おつかれさん」
そう言って、俺は改めてその場を後にする。
「.....面白い、面白いな。小僧」
「爺さん、あんたの手綱は俺が握ってるんだ。下手なことは言わないことだな」
その言葉を最後に、俺は野戦病院へと向かった。
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評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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