第92話『…なんて言うと思ったか?』
『しばらくの間、俺に全てを委ねないか?』
もう一人の俺のそのセリフで、俺は完全に彼に体を預けようと画策…したが、一つここで疑問が残る。俺が彼に委託した後、体を返してくれるかの保証などまるでなかったのだ。しかも話を聞いていると彼はただ”自分が気に食わないから”協力の話を持ち掛けただけで、自分のことでしか話ができていないようなやつなんだ。
「…なんて言うと思ったか?」
だから、彼の手をそっと払いのけた。
「なッ…」
「…悪いが、他人を尊重できないわがままに付き合うほど、俺もバカではないんでね」
「…だがお前は、今もこれまでも、自分の私利私欲のために生きてきたじゃないか!それと何が変わらないというのだ!」
俺はこれまでの日々を思い返す。
流石はもう一人の俺…本来のアウリスといったものなのだろうか、ちょんと核心を突く発言をしているのが癪だが、確かに俺は私利私欲のために貴族になるのを弟に押し付けようとしてきたのだが、マルクと過ごしていくうちに、誰かのために尽くす姿をマルクから学んだのも事実だ。マルクと接触するたびに恋心を弄ばされる感じがしてもどかしかったり…なんて考えている暇などあったものではないだろう。
「…本来のアウリスに言いたいことが一つだけある。俺は確かに自分の私利私欲のために生きて、弟にすべてを押し付けようと画策してきたさ。ただ一つ言えることは…皮肉にも、そんな弟に考えを根本的に捻じ曲げられてしまったんだよ」
その一言が、この空間に響き渡っていたのは確かな事実なのであった。
その際に、もう一人の俺が不気味に笑っていたところを見逃さずにはいられなかった。
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この状況をどう一変させようか画策しているうちに、アウリスの首元には血が流れたままだ。
「ふふ…君のお友達の首がどんどん切れていくよ?私にはこやつの痛みなどわからないけど、まあいいよね。私だって辛い思いをしたのだから」
と、アウリスのことを乗っ取っている人物は高らかに語る。その姿を見ているだけで傍観する事しかできていない人らは殺意を覚えていることだろう。そこでレイヴンが反論する。
「お前ぇ!自分の苦しみだけで罪のない若者を傷つけてもいいと思っておるのかぁ!」
レイヴン騎士団長の叫びは至極全うのことだった。こんな子供じみたような理由で一人の若者を人質にとって世界を転覆させるような人間なんて、はたから見れば頭がおかしいとしか思えなかった。
こんな様子を見ていたマルクは、もちろん抑えることができなくなっていた。
「…僕のお兄様を返してください!!!」
アウリスの体を乗っ取っていたレイも、すかさず反論する。
「…我が息子は何を血迷っているのか、こんな”意地汚い貴族の弟”なんぞ私は認めた覚えがないぞ?」
意地汚い貴族の弟、この発言を聞いた瞬間、マルクは怒りを抑えられなくなった。自分のことを罵倒されるのであれば耐えられたが、尊敬…いや、愛していた兄のことを”意地汚い貴族”と表現されたことに腹を立ててしまったのだ。
マルクは一歩、一歩と歩みを進めていき、制止しようとするレイヴン騎士団長を振りほどき
「…その生意気な口をきけないように、僕があなたを殺しますッ!お兄様…お許しください」
その一言で、新たに戦いが始まっていた。




