↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

02章01話 サインを書く男

貴族街に隣接し、寄生した細菌が繁殖するように出来たスラム街。


光と影が織りなすその街は対都市フェルゼンと呼ばれる。


*  *  *


スラム街の奥深くに佇(たたず)む、薄暗い場末の酒場。


店内には安酒のツンとした匂いと、誰かがぶちまけたゲロの酸っぱい臭いが不快に澱(よど)んでいた。


「……ここの臭いにも、そろそろ慣れてきたな」


シオンは魔塔を出た後、行くあてもなく街道を彷徨(さまよ)い、貴族街と分断されたこのスラム街へと流れ着いていた。


彼は眉をひそめながら、カウンター越しに一番安い酒を注文すると、下品な笑みを浮かべた男が隣に腰かけてくる。


「どうだった? 占いの館はよ。あのババア 若い男が行くと、熱心に一肌脱いでくれるだろ?」


シオンは、安酒を一気に喉へ流し込んだ。


「……よく分からなかった。ただ、これから向かうべき場所は『汚くて凄惨な場所』らしい……」


「……その様子じゃ、手取り足取り腰取りのご鞭撻(べんたつ)は受けてないみたいだな……こんな場所だとババア相手でもありがてぇんだけどな……」


飲みを終えた二人は、グラスを置くと酒場の壁際へと歩を進める。


そこに設置されているのは、油と埃(ほこり)で黒ずんだ古びた掲示板だ。


正規の『冒険者ギルド』では扱えない、足元をみた薄給の仕事、誰もが避ける辛辣(しんらつ)な案件、あるいはあからさまな犯罪行為……、いわゆる『裏社会の仕事』が乱雑にピン留めされていた。


ちょうどその時、店員が新しい依頼用紙をパチンと掲示板に刺し、そのまま厨房へ戻っていく。


「おっ……おい見ろよ! 占いの方はこれのことじゃねぇのか!?」


隣の男が指差した紙には、殴り書きのような不揃いの文字が躍っていた。


──【急募】事故現場の清掃依頼

※即日払い・口外厳禁。現場の『遺留物・肉片処理』を含む。


男が引きつった顔で唾を呑み込む。


「うわっ……死亡事故の現場清掃かよ。内容からして、どこぞの殺し合いの跡片付けじゃねぇか……」


だが、シオンはその依頼用紙をじっと見つめ、確信に満ちた目で力強く頷いた。


「間違いない……老婆の言っていた『凄惨な現場』とはこれのことだ。森羅万象の神眼と言う二つ名は伊達じゃないな」


「おいおい、冗談だろ? きな臭さしかねぇぞ! 『危うきには近寄らず』……、それがこのスラム街で生き残る鉄則だろ」


シオンは男の制止を余所に、迷わずその紙を剥ぎ取った。


(俺には絶対に忘れちゃいけない約束がある……だがそれを忘れてしまった……)


胸をはり何の躊躇(ためら)いもなく言い放つ。


「『虎穴に入らずんば』……ってね。そこに俺の過去(きおく)があるなら、虎の顎にだって頭を突っ込んでやるさ」


*  *  *


飛び散った脳髄、撒き散らされた腹わた、足の踏み場もないほどに散乱した肉塊――鼻を突く猛烈な死臭が充満する暗い部屋。


血と不気味な体液が粘りつく壁の前で、一人の男が楽しげにしゃがみ込んでいた。


「ふぅ……これほどの凄まじい惨劇だ。しっかりと存在を主張しておかないとな」


男は指先にねっとりとした赤い血を絡ませると、まるで名画の隅に刻むかのように、丁寧に壁へ文字を滑らせていく。


――『漆黒の断罪者』、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。