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02章02話 消されたトライバル柄

スラム街の地下深く、重厚な鉄扉の奥に隠された高級サロン『蜂蜜の花』。


悪徳貴族と地下組織幹部たちが密談を交わし、危険な駆け引きに興じる社交の場。


「……なるほど。これが『凄惨な現場』か」


支配人に案内され、一歩足を踏み入れたシオンは、静かに感嘆の息を漏らした。


足元に広がる最高級のビロード絨毯は黒ずんだ血で重く湿り、壁には飛び散った体液と肉片が粘りついている。


部屋の奥には、サロンのオーナーと思われる男と護衛たちの無残な遺体が転がっていた。


鼻を刺す猛烈な死臭に、普通の人間なら卒倒する惨状だ。


(あの老婆の予言通りだ……これほどの地獄絵図、俺の失われた記憶と力を呼び醒ますに相応しい場所じゃないか)


シオンは持参したバケツと布巾を手に取ると、迷わず清掃作業に取りかかった。


薄い頭髪にポマードをつけた支配人はシオンに指示を出す。


「※このVIPルームには大金をかけている、変な噂で利用者がいなくなるのは困る的な台詞を考えて下さい」


「※掃除は得意なんです、散々やらされてきましたから的な台詞を教えて下さい」


肉片を片付け、床の飛び散った血痕を綺麗に磨き上げるとふと壁に目をやる。


壁にべっとりと付着していた謎の赤黒い文字『漆黒の断罪者』……。


「なになに『深刻なダンサーだ』……?」


凝ったトライバル柄にデザインされたそのサインをシオンは正確に読む事が出来なかった。


彼はそのサインも、「しつこい血汚れ」として洗剤で綺麗さっぱり拭き落としていく。


*  *  *


小一時間ほどが経過した頃。


サロンの重い扉がギィと開き、従業員風の服を着た一人の男が足早に入ってきた。


「支配人、ウチの清掃員を派遣しましたが何か異変などありましたか?」


「ああ、彼なら凄く真面目にやってるよ。ウチはゲロをぶちまけられる事もちょくちょくあるからまた彼を頼みたいよ」


(何故騒ぎになっていない……殺人現場に犯人のサインがあるんだぞ!?)


男は「様子をみてくる」とシオンが清掃するVIPルームに向かう。


そこにあったはずの、脳髄が吹き飛んだ死体も、足の踏み場もない血の海も消え去り、床はピカピカに磨き上げられていた。


男は最奥の壁に視線を巡らせ……、そして絶句した。


「……えぇ?」


己の存在を主張するために渾身の思いで刻んだ血文字『漆黒の断罪者』のサインまでもが、痕跡すらない。


「ここにあった『かっこいいサイン』はどうした!?」


男は我慢できずに叫び声を上げた。


バケツの水を取り替えていたシオンは、振り返って穏やかに頷く。


「ああ、あの壁の汚れのことか? 全部落としましたよ。もう痕跡があったとは誰も思わないでしょう」


「違うだろバカチンが!!」


男は血走った目でシオンの胸ぐらに掴みかからんばかりに怒鳴り散らした。


「そういうのはなぁ! ちゃんと依頼主に報告するんだ! 勝手に落としちゃダメなんだよ!!」


男は頭を掻き上げる。


「ああー、デザインを試行錯誤して2時間もかけた書いた傑作のサインだったのに!」


シオンは首を傾げ、至極真面目な顔で尋ねた。


「……えっ? あなたが書いたんですか?……」


男の頭の中で、電撃が走った。


(バレただと!?なんて高度な尋問力だ……国の諜報機関のエリートなのか……!?)


男は舌打ちを漏らすと、懐からぬらりと光る短剣を引き抜いた。


「ちぃっ……予定が狂ったぜ。仕方がねぇ……、おいエリート!お前をここで始末して『謎の清掃員疾走エピソード』を付加した上で、もう一回サインを書いてやるよ!」


「ふっ……」


凶刃を構えた男を見ると、シオンは確信する。


「森羅神眼(しんらしんがん)の予言により、エリートな俺はここでお前と戦う運命にあるようだ、かかってこい『深刻なダンサー』」

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