01章01話 無能の烙印
指導者と学生が入り交じるその場所では、実力と序列を表す『席次』のみがすべてを支配していた。
教授すら凌駕する天才がもてはやされる陰で、才能なき者は『ゴミ』として踏みにじられる絶対至上主義の檻。
* * *
青髪の青年シオンは、緊張に身体を震わせフルートを口にあてる。
正面にはしゃくれた顎を突き出し、腕組みをする教官のイバテルが立っている。
「いいかシオン、メロディに魔力を乗せるんだ。お前にはもう後がない。この試験に失敗したら追放決定だぞ」
周囲では、ニヤついた生徒たちがシオンの失敗を今か今かと期待していた。
シオンは覚悟を決め、口内に魔力を込めると一気に息を吹き込んだ。
――ピロロロロロ〜〜……プピッ。
フルートの先端から飛び出してきたのは、魔力を乗せた繊細な旋律ではなく、色鮮やかな赤と黄色の縞模様をした、長大なポリエチレン製の巻き笛だった。
「ギャハハハハハーーーッ!」
室内が一瞬にして爆笑の渦に包まれる。
イバテル教官は顔を激昂させ、怒りの剣幕でシオンに詰め寄った。
「おいっ! 追放がかかったこの大事な場でふざけやがって……なんか言い分はあるか!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 完全にフルートに不正な細工が仕掛けられていたじゃないですか!」
「言い訳をするな! お前を追放とする。明日までに荷物をまとめ、この魔塔から出ていけ!!」
周囲から容赦のない嘲笑が浴びせられる。
「ギャハハ! 追放だってよ! ざまぁねぇなシオン!」
「明日からは路地裏で物乞いでもしてろよ!」
「追放……!? なぜですか、俺にはまだやることが――」
「何故かだと!? 末席のゴミに割く時間も予算も、今の魔塔にはないからだ。やることがないなら、最後に床でも磨いていけ!」
――夕刻。
講堂の石畳を黙々と拭き掃除するシオンのもとへ、足音が近づいてきた。
「おい、末席のシオン、床磨きはおわったのか?」
筋骨隆々で腕まくりをし、はち切れんばかりの体毛に包まれた男――上席のカマセウスが、取り巻きを引き連れてやってきた。
「終わってるだろ、床を見ろよ」
「見ろだと!? 相変わらず反抗的な態度だな。おい、今度はその鼻にピロピロ笛を突っ込んで吹かせてやろうか!」
クスクスと周囲から下品な嘲笑が漏れる。
カマセウスはキザに前髪を振り上げると、シオンの胸元を強く突き飛ばした。
シオンは冷たい石畳の上に派手に尻餅をつく。
「……やっぱり、フルートに細工したのはお前だったんだな……」
悔しさでシオンは拳をぎゅっと握りしめた。
「なんだその拳は、この俺に歯向かうのか?」
今ここで怒りを爆発させても、圧倒的な魔力差のあるカマセウスには返り討ちに遭うだけだ。
「ぶっ飛ばされたくなかったら謝れよ。『鼻で吹くのは勘弁してください、拭くのは床だけにさせてください』ってな」
シオンは深く俯き、強く噛んだ唇からは一筋の血が滲む。
「謝れって言ってんだよ!」
語尾を強め、カマセウスが威嚇するように足で力任せに床を叩くと、その衝撃で剛毛なスネ毛がハラハラと床に舞い落ちた。
「……悪かったよ……」
「フン、二度と生意気な態度をとるんじゃねぇぞ」
捨て台詞を残し、カマセウスたちは去っていった。
一人取り残された部屋で、シオンは屈辱に震えながら悔し涙を浮かべる。
(……くそっ……汚い体毛を撒き散らしやがって……!)
シオンは雑巾を手に取り、落ちたスネ毛をゴシゴシと拭き取ると、その胸の奥では、ドロリとした黒い熱が渦巻いていく。
(……出て行く前にあいつらの靴に画鋲でも仕込んでやる……)
シオンは湧き上がる感情を抑えきれず、天井を見上げた。
「……いや、そんな事をしたって、あいつらを叩き潰せるわけじゃない。俺は……今すぐ強くなりたい……!」
「あなたに覚悟があるのなら……可能よ」
突然、背後から声が響いた。
驚いて振り向くと、誰もいなかったはずの場所に、見慣れない一人の女性が佇んでいた。
その口元は、まるで珍しい玩具を見つけたかのように歓喜に満ち、歪に吊り上がっている。
「私は魔塔首アルバスに頼まれて『強さ』を与える研究をしているの……。ねえ、あなたのその願い、叶えてあげましょうか?」
「俺にはもう失うものはない……覚悟なんて、するまでもなく出来ている」
シオンは顔を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの画鋲を……貸してください……」




