↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/18

8.眠れぬ夜

 ──朝食のダイニングを逃げ出したケビンは、荒い息を吐きながら廊下を突き進んでいた。


(くそっ、あのクソ皇帝……! 誰が大人しく見学なんか行くかよッ!)


 だが、その背後から、静かで寸分の乱れもない足音がしとやかに追いかけてくる。側近秘書のセレス・クロフォードだ。


「コンラッド様、足元が乱れておられますよ。陛下のお言葉通り、本日のお召し物にお色直しされた後、すぐさま騎士団の修練場へご案内いたしますね」


「っ……! あ、あの……セレスさん、僕は別に……」


「ご遠慮なさる必要はありません。コンラッド様のような可憐なお方が見学されるとなれば、騎士たちの士気も大いに上がりましょう」


 逃げ道を完璧に塞がれたケビンは、健気な「リトルバニー」の笑みを貼り付けながら、心の中で激しく舌打ちした。


(ちっ……まあいいさ。暗殺計画を成功させるには、皇帝を囲む騎士どもの戦力を把握しておく必要がある。自ら見せてくれるってんなら、願ってもないチャンスだぜ。しかしアイツは馬鹿なのか? 自分の命を狙う俺に手のうちを見せてしまうとは……)


 着替えを済ませ、セレスの案内で辿り着いたのは、白亜の城郭の奥に広がる巨大な修練場だった。


 日差しが白く照りつける広大な敷地には、重厚な甲冑を身に纏った男たちが立ち込め、金属のぶつかる荒々しい音が響き渡っている。


 見学用のテラスへ足を踏み入れた瞬間、下にいる騎士たちの鋭い視線が一斉にケビンへと注がれた。


 敵国の「生き残りの王子」に対する、あからさまな『警戒』と『嫌悪』。


(ははん……ピリピリしちゃってまぁ。だが、そんな顔されたらやりづらいんだよ)


 ケビンは一瞬で脳内のスイッチを切り替えた。


 肩をすくませ、大きな瞳を不安げに揺らし、袖口から覗く指先を胸の前でぎゅっと握りしめる。


「あっ……あの、すみません……僕、お邪魔でしたでしょうか……?」


 風が吹けば折れてしまいそうな儚い声。

 その瞬間、むさ苦しい男たちの雰囲気がガラリと変わった。


「な……ッ!? あの少年がルクシアンの……?」


「おいおい……可憐すぎるだろ。あんな華奢な子が反乱なんて起こせるわけがない……」


 警戒が「油断」へと上書きされていく。中には鼻の下を伸ばし、「危ないから後ろで見学してね?」と優しく声をかけてくる若い騎士まで現れる始末だ。


(クッは……ハハッ! チョロいねぇ、男ってのは本当に単純で助かるぜ!)


 心の中で悪魔のようにほくそ笑みながら、ケビンは冷徹に騎士たちの動きを観察し始めた。


(……だが、待てよ? どいつもこいつも手元のおぼつかねぇ若いヒヨコばかりじゃねぇか。あの怪物の足元を固めてる精鋭ってのが、この程度なのか……?)


 期待外れ感に辟易(へきえき)としていた、まさにその時だった。


「——しまっ……手が滑ったッ!?」


 若手剣士の一人が悲鳴を上げた。汗で滑った重厚な木刀が手元を離れ、旋風を巻き起こしながら見学席のケビンを目がけて一直線に飛んでくる。


「危ないッ!!」

「避けろ、コンラッド様——ッ!!」


 絶望的な悲鳴が響く中——

 ケビンの暗殺者としての本能が弾けた。


(——トロいんだよ)


 ケビンはしなやかな豹のごとく身体を跳ね上げると、空中で弧を描いた腕で、迫る木刀の柄をガシィッ!と寸分の狂いもなく掴み取った。


 軽やかに着地し、風を切る音とともにピタリと止めてみせる。


「…………え?」


 全員が息をのみ、絶句した。


(あ……しまっ、やべぇ……ッ!)


 ハッと我に返ったケビンは、木刀をぽろりと落とし、「ひ、ひぃっ……こわかったぁ……っ!」と涙目で頭を抱えた。


 若手騎士たちが「大丈夫でしたか!」とメロメロになって押し寄せる中、セレスだけが朝食でのレオナルドの言葉(『コンラッド王子は筋がいい』)を思い出し、静かに眼鏡の奥の瞳を細めて納得していた。


 和気あいあいとした空気が広がる中、セレスが言う。


「コンラッド様。せっかくの機会です、どなたかと手合わせをなさってみてはいかがですか?」


「えっ……!? ぼ、僕なんかが手合わせだなんて……っ」


 謙遜してみせたその時──


 修練場の奥から重厚な鎧の音が響き、若い剣士たちが即座にバッ!と直立不動で固まった。


 場の空気が一瞬で凍りつく。


 現れたのは、逞しい体躯と数々の修羅場を潜り抜けてきたような眼光を持つ男——


「お初にお目にかかる、コンラッド王子殿。第一騎士団副長のアーサー・マクベリだ」


 不敵な笑みを浮かべて差し出された手をケビンが握り返した瞬間——ギュッ……と指の骨が軋むほどの圧倒的な握力が伝わる。


(っ!? こいつ……本物の「怪物」だ)


 セレスが「本日は陛下の護衛ではないのですか?」と尋ねると、アーサーはニッと笑った。


「ああ。陛下からは『今夜はお楽しみがある故、邪魔立てせぬよう遠慮しろ』とお達しがあってね。護衛は最小限にさせてもらったよ」


(お楽しみ……? けッ、愛人にでも会いに行くってのか? ……って、なんで俺があいつの行き先なんて気にしてんだよッ!?)


 妙な胸のざわめきを激しく打ち消すケビンに、アーサーが迫る。


「時に王子殿。先ほどの身のこなし……よろしければ、この私と手合わせ願えまいか?」


 肉食獣のようなアーサーの眼光と「お楽しみ」という言葉への苛立ち。


 それを断ち切るように、ケビンは深く息を吐き出すと一歩前へ出た。


「……いいですよ。お手柔らかにお願いします、副長殿」


 木刀を正眼に構えた瞬間、ケビンから「ウサギ」の気配が消え、冷酷な暗殺者の眼光が宿る。


「ほう……大したものだ!」


 ガァンッ——!!


 激しい打撃音が広い修練場へ響き渡る。


 アーサーの雄牛のような重厚な一撃を、ケビンはしなやかに力を逃がし、旋風のごとく死角へ鋭い突きを繰り出す。


 ──キンッ! ガンッ! パァンッ!


 圧倒的なスピードと柔軟さで隙を突くケビンと、完璧な見切りで封じ込めるアーサー。


 それは、一瞬の油断も許されない極限の緊迫感であった。


 バツゥンッ——!!


 激しい打ち合いの末、互いに木刀を相手の喉元から寸止めの位置で止めていた。


「……引き分け、だな。見事だ、一人の剣士として称賛しよう」


 アーサーが笑顔で差し出してきた手を、ケビンはしっかりと握り返す。


 グッと交わされる男同士の重厚な握手に、若い騎士たちから割れんばかりの歓声が上がった。


 その後、若い騎士からの願いで、ケビンは仕方なく何戦か剣を交えた。


 汗を拭いながら修練場をあとにしようとした際、ケビンはどうしても我慢できず、セレスへとおずおずと問いかけた。


「ねぇ……セレスさん。陛下は私用でお出かけになるって……大丈夫なんでしょうか?」


 セレスはにっこりと微笑んだ。


「ご安心ください。本日は……陛下の恋人であられる、エリノア様のお屋敷へ向かわれておられるのです。本日はエリノア様のお誕生日でしてね。お忙しい陛下も、何とか今年こそはと、特別にお時間を空けられ、お祝いをなさる予定なのです」


「こ……こいびと……?」


 ケビンの足がピタリと止まった。


 あの冷酷で完璧で、自分を捕らえては夜の執務室で妖しく弄んできたあの男に——恋人がいる?


 ズキンッ——……


 胸の奥で、冷たい刃で心臓を直接突き刺されたかのような理不尽な激痛が走った。


(な……なんだ、これ……? なんで俺の胸がこんなに痛ぇんだよ……っ!?)


「コンラッド様……? お顔色が優れませんが」


「あ……なんでもないの! ちょっと疲れちゃったみたい……っ」


 引きつった笑顔を作り、逃げるように自室へと走り去るケビン。





 ◆◇




 長い午後の時間が過ぎ、城は深い闇へと沈んでいた。


 自室のベッドの上で、ケビンは膝を抱えてじっと一点を見つめていた。昼間、図書室でこっそり調べた名前。


 エリノア・グラント公爵令嬢。帝国でも指折りの名門貴族の令嬢であり、誰もが認める麗しき美貌と教養を備えた女性。


『続きは、ベッドルームでじっくり楽しむかい?』


 昨夜、自分を押し倒し、耳元で甘く囁いたレオナルドの声が脳裏を巡る。


(嘘つき……ッ! 全部、嘘じゃねぇか……っ!!)


 自分だけに向けられていると勘違いしそうになっていたあの色香も、すべては暇つぶしの戯れに過ぎなかったのか。


 今頃あの男は、美しいエリノアを抱き寄せ、あの甘い声で言葉を贈っているのではないか。


(嫉妬……? 俺が……あいつに嫉妬してるってのか……!?)


 あまりの馬鹿げた思考に、ケビンは頭を激しく振った。


(笑わせるな……! 俺は暗殺者だ! 敵国の皇帝を殺すためにここにいるんだ! あんな奴に心を乱されてどうするッ……!!)


 だが、否定すればするほど、胸の奥の痛みが激しさを増していく。


 屈辱と、焦燥と、そして理由のわからない激しい独占欲。


 自分の中に芽生えた恐ろしい感情に震えながら、ケビンはシーツをギリギリと掴み寄せ、眠ることのできない夜の闇の中で、暗い炎を瞳に宿らせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。