↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月
第三章 忍びよる影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/36

26.約束

 ──「お前たち、エリノアを上の部屋へ連れていけ!」


 公爵の鋭い声が地下室に響き渡ると、扉の脇に控えていた二人の従者が素早く動き、泣きじゃくるエリノアの両腕をガシリと掴み上げた。


「放してください! 父上、こんな恐ろしい真似はもうやめてください……!」


「連れていけと言っている! 二度とこの地下へ近づけるな!」


 エリノアの必死の叫びもむなしく、冷酷な力によって彼女は地下室の外へと連れ去られていった。重々しい鉄格子の扉がガチャンと音を立てて閉まり、暗闇の中に再び嫌な不気味さが広がる。






 ◇◆



 公爵邸の一室――冷たく冷え切った自室の床に、エリノアはその場に崩れ落ちるように膝をついた。


(父上は……完全に狂ってしまったわ……)


 先ほど父が耳元で囁いた恐ろしい言葉が、頭の中で何度も何度も嫌な残響となって響いていた。

 ――『あのケビン殿が消えていなくなれば、レオナルドがお前のものになる』


(レオナルド様が……私のものに……)


 床を見つめるエリノアの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。


 幼い頃から、ずっと知っていた。

 自分を狙う刺客と毒に脅かされ、誰も信じられず、冷たい仮面を被って生きてきたレオナルド。

 エリノアはそんな彼の側に寄り添い、ただ「友」として信頼を寄せられた唯一の存在だった。


 だが、成長するにつれ、エリノアの胸に芽生えたのは、友としての情ではなく、ひとりの男性としての切ない恋心だった。


 自分の方を向いてはくれないと知っている。

 この想いを伝えれば、彼との唯一の繋がりである「信頼」すら失ってしまうことも分かっている。だから一生、この気持ちは胸の奥に閉じ込め、ただ影から彼の幸せを祈るつもりだった。


 あの方に、いつか心の底から笑える日が来てほしい――ただそれだけを願って。


 なのに、父のあの言葉を聞いた一瞬――。ほんの一瞬だけ、「もしケビン様がいなくなれば」と、浅ましい妄想が胸をかすめてしまった。


(何を考えているの……! 私ったら……なんて恐ろしいことを……!)


 エリノアは己の愚かさと浅ましさに激しい嫌悪感を抱き、自分の胸を強くかきむしった。


 あの冷徹だったレオナルド様が、命がけで守ろうとしている大切な存在。あの方が初めて人間らしい感情を見せ、心を揺らしている相手――それがケビン様なのだ。


 もしケビン様を失えば、レオナルド様は今度こそ完全に心を閉ざし、真の孤独という地獄へ落ちてしまう。


(あの方の光を奪うような真似を、私がさせるわけにはいかない……! 私は……レオナルド様に、心の底から幸せになってほしいの……!)


 自分の不甲斐ない恋心を振り払うように、エリノアは涙を拭い、力強く顔を上げた。

 一刻を争う最悪の事態。部屋の外には父の配置した厳重な見張りがいるが、泣いている暇など一秒もなかった。


(一刻も早く、レオナルド様にこの危険を伝えなければ……!)


 血の気が引くような焦りの中で、エリノアは思い出す。

 刺客に怯えていた幼い頃、宮殿の暗闇の中でレオナルドがそっと自分に差し出してくれた、幼い日の誓いの言葉を。


『もしお前にいつか命の危険が迫ったら、迷わず俺を呼べ。……俺が必ず、お前を助けに行ってやる』


 エリノアは涙を拭うと、大切に抱え込んでいた小さな銀の笛を取り出した。


 震える唇で笛を咥え、決死の思いで強く吹き鳴らす。

 ――ピイィィッ!と、夜の静寂を切り裂くような甲高い音が響き渡った。


 暫くした後、窓の外から力強い羽ばたきの音が近づいてくる。窓枠に降り立ったのは、一羽の精悍(せいかん)な鷹だった。


「お願い……あの人の元へ届いて……! あの方と……ケビン様を助けて……!」


 エリノアは用意した赤いリボンを、震える手で鷹の足元に結びつけた。そこには、公爵邸の位置を示す「百合の花」が急いで書き殴られている。


 自分の叶わぬ恋心ではなく、愛する人の幸せをただ一心にエリノアは願った。

 鷹が夜空へと飛び去っていく姿に、エリノアは一縷の望みを託して祈り続けた。






 ◇◆◇



 一方、フレデリック大公の誕生日を祝う夜会は、最高潮の賑わいを見せていた。


 豪奢な光と音楽に包まれた大広間の中心の席には、フレデリックとレオナルドが並んで座っている。


 だが、そこに流れているのは親密さなどではなく、互いの首元に刃を突きつけ合うような冷たい沈黙だった。


「いやはや、我が愛しき皇帝陛下。こうして二人で酒を酌み交わすのも久しぶりだな。……どうだね、我が誕生夜会の楽しさは。お前が普段閉じこもっている暗い城とは大違いだろう?」


 フレデリックはグラスを揺らしながら、ねっとりとした嫌味な笑みを浮かべた。


 レオナルドは無言のまま、手元のグラスを見つめている。胸の奥で嫌な予感が激しく波打っていた。


 この白々しい宴の裏で、あの愚かなウサギが何をしているのか――焦りと苛立ちで、指先がグラスを割らんばかりに強張る。


 その時――


 広間の隅に控えていた側近のセレスが、顔色を変えて歩み寄ってきた。

 レオナルドの耳元に口を寄せ、低い声で素早く切り出す。


「――陛下。……グラント公爵邸の上空より、エリノア様が放たれた『緊急の鷹』が確認されたと報告が入りました」


 ズン、と冷たい衝撃がレオナルドの背中を駆け抜けた。琥珀色の瞳の奥に猛烈な殺意が点火する。


 レオナルドが立ち上がろうとした瞬間、隣のフレデリックが声を張り上げた。


「おや、どうされたのかね、レオナルド。まだ祝いのダンスも終わっていないというのに……父(・)の誕生日会をまさか途中で逃げ出すつもりではあるまいな?」


 周りの貴族たちの視線が一斉に集まる中、フレデリックは足止めを楽しもうと勝ち誇った笑みを浮かべた。


 だが、今のレオナルドに、そんな茶番に付き合う余裕など一秒たりとも存在しなかった。


「……退け」


 地獄の底から響くような、短く冷徹な一言。絶対王者の圧倒的な威圧感に、フレデリックの顔から余裕が吹き飛び、思わず身体をのけぞらせる。


 レオナルドは一度も振り返ることなく立ち上がると、そのままスタスタと出口に向かって足早に歩み去っていった。


「なっ……! レオナルド、貴様……! 覚えていろよ……!」


 背後でフレデリックが怒りに震える声を吐き捨てるが、すでにレオナルドの耳には届いていなかった。





 ◇◆




 大広間を脱出したレオナルドは、夜の冷気の中へ飛び出した。後ろを追ってきたセレスが素早く叫ぶ。


「陛下! 鷹の脚には緊急事態を示す赤いリボンと、百合の絵が描かれておりました……! 公爵邸で何かが起きております!」


 レオナルドは待機していた豪華な皇帝用馬車を完全に素通りし、その横に繋がれていた漆黒の軍馬の手綱を力任せに引き寄せた。


「陛下、お待ちください! 馬車ではなく馬でお向かいになるおつもりですか!? 危険すぎます! 敵がどんな罠を仕掛けているかも分からぬのですよ!」


 セレスが必死の顔で立ち塞がるが、レオナルドは身軽に馬背へと飛び乗った。


「退け、セレス! あのエリノアが助けを求める鷹を放ったのだぞ! もしもの時は絶対助けると俺が誓った相手だ! あれ以来一度も頼ってこなかったあいつが鷹を使ったということは、命の危険に晒されているに決まっている!!」


 絶望の宮殿で自分に寄り添ってくれた、大切な友。その純粋な少女との誓いが、レオナルドを駆り立てる。


(無事でいてくれ……! 頼むから間に合ってくれ、エリノア……!)


 レオナルドは馬の腹を強く蹴った。漆黒の馬が夜の闇の中へ勢いよく飛び出していく。


 セレスも制止を諦め、近くの馬に飛び乗ると控えていたアーサーへ叫んだ。


「アーサー! 至急、黒の騎士団全軍を召集しろ! グラント公爵邸へ向かわせるんだ、急げ!!」


 地響きのような蹄の音が、静まり返った夜の街に激しく轟いた。


 暗闇の中、先頭を怒涛の勢いで疾走するレオナルド。そのすぐ後ろをセレスが追い、さらに背後からは黒い甲冑に身を包んだ「黒の騎士団」の騎兵たちが、続々と集結しながら荒々しく列を成していく。


 そして――ついに目の前に、静まり返った不気味なグラント公爵邸の巨大な影が立ち現れた。


 馬を強引に停止させ、レオナルドは鋭い眼光で屋敷を睨みつける。


 血の匂いと不穏な気配が漂う嵐の前触れの中、絶対王者の討ち入りが今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。