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愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月
第三章 忍びよる影

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25.秘密(2)

 ──「いいですか、世間知らずの王子殿。お前が『父親』と信じ込んでいるあ(・)の(・)フレデリック大公は、レオナルドの『実の兄』ですよ」


 地下室の冷たい空気が、一瞬で凍りついた。


「な……にを言ってるんだ……?」


 ケビンの頭の中が真っ白になる。公爵は口元の血を指で拭い、それを舌でねっとりと舐めとりながら、狂気じみた薄笑いを浮かべた。


「あの男は先代皇帝……レオンハルト・オーウェンが外で作らせた落とし子なのだよ。あいつが生まれたその日から、実の兄であるフレデリックは猛烈な嫉妬に狂った。我が身を脅かす存在として、幼いレオナルドの命を毒と刃で執拗に狙い続けたのだ」


 公爵の言葉が、ひとつひとつケビンの胸を重く抉(えぐ)っていく。


「毒を盛られ、刺客を放たれ、身内の血の海を這いずり回りながら、あいつは皇帝の座を奪い取った……。お前が信じているあの冷たい男の正体は、実の兄と殺し合いを続けてきた怪物なのだよ!」


 あの毒事件の朝、目の前で真っ青になって倒れたレオナルドの顔が脳裏に浮かぶ。


 誰にも本心を見せず、氷のような仮面を貼りつけていたあの佇まい。


 その背後にあったのは、幼少期から身内同士で血を流し合ってきたという、あまりに暗く恐ろしい地獄だったのだ。


 胸の奥がぎゅっと固く絞めつけられ、ケビンの目からポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……だったら、なおさらレオナルドは関係ねぇだろ……っ!」


 ケビンは胸の痛みを押し殺し、血の混ざった声で叫んだ。


「あんたが憎いのは、そんな酷いことをさせたオーウェン家だろ!? なのに、なんで関係ないレオナルドまで巻き込むんだよ!」


「関係ないだと……? 黙れ! 黙れ黙れ黙れぇ!!」


 公爵の激怒の声が狭い地下室に跳ね返った。公爵は狂暴な眼差しでケビンの髪を強く掴み上げると、顔がくっつくほどの至近距離で血走った目を剥いた。


「あいつが……あのレオナルドが無関係なわけがあるか!! あいつの母親が誰なのか、お前は何も知らんのだな!?」


「……っ……母親……!?」


「私の妹……マリアだ!!」


 公爵の口から飛び出した叫びに、ケビンは息を呑んだ。


「マリアはな、かつて皇太子だったフ(・)レ(・)デ(・)リ(・)ッ(・)ク(・)の(・)『(・)正(・)妻(・)』(・)……皇太子妃だったのだよ! だが、あの悪魔……先代皇帝レオンハルトは、息子の妻であった私の妹を力づくで奪い、無理やり陵辱したのだ! そうして孕まされ、産み落とされた忌々しい呪われた血……それがレオナルドなのだよ!!」


「つっ……!? なに……言開(いいひら)いてんだ……!?」


 想像を絶するおぞましい真実に、ケビンの全身の血が凍りついた。


 フレデリックから見れば、実の父親に最愛の妻を奪われ、その結果生まれたのが腹違いの弟レオナルドであり、憎悪の対象そのもの。


 そしてレオナルド自身もまた、そのおぞましい血の呪いの中で生まれ、実の兄から命を狙われ続けて育ってきたのだ。


「妹はその罪に狂い、苦しみの中で命を落とした! オーウェンという呪われた血が、私の愛する妹を殺したのだ! だからこそあいつが許せん! あの忌まわしい血でできた悪魔の子を……オーウェンの一族を、一人残らず地獄へ叩き落としてやらねば私の気が済まんのだよ!!」


 髪を千切れるほど強く引っ張られながら、ケビンはあまりに暗く深い狂気の深淵に震え上がった。


「ふは……ははは! だが、もうすぐ私の夢が叶うのだよ。あいつがここへやって来れば、全てが終わる……!」


 高らかに笑い声を上げる公爵の姿を見つめながら、ケビンの視線がふと部屋の隅へと向かった。


 部屋に入った瞬間から感じていた、鼻を突くあのくどい匂い。


 そこには、巨大な壺がいくつも並べられていた。床の石畳には、薄くテカテカとした油が滲み出ている。


(……油だ。あの壺、全部油が入ってやがる……!)


 背筋を血の気が引くような冷たい恐怖が駆け抜けた。


(こいつ……正気じゃねぇ。レオナルドをここに呼び寄せた後、俺たち全員を道連れにして火を放つ気だ……!)


 巻き込んで爆殺、焼殺する気だという公爵の恐しい企みに気づき、ケビンの全身がガクガクと激しく震えだした。


(俺が……俺が甘かったんだ……!)


 激しい後悔が、波のように胸に押し寄せてくる。


 自分の手で真実を暴くんだと意気込み、まんまと公爵の誘いに乗ってしまった。


 強がって一人で飛び出した結果がこれだ。助かるどころか、レオナルドを誘い出すための完璧な『餌』にされてしまったのだ。


(助けてほしい……本当は、助けに来てほしい……!)


 本音が胸の底から叫び声を上げる。

 怖くてたまらない。

 誰かにこの暗闇から救い出してほしい。


 けれど、それ以上に強い想いがケビンの胸を激しく突いた。


(でも……来ないでくれ! 来るんじゃない! レオナルド……!)


 ここに来れば、あの男は罠にはまり、火の海の中で死んでしまう。


 自分のせいで、あの男を死なせるわけにはいかない。


(俺のことなんて捨てろ! 頼むから……ここに来ないでくれ……!)


 葛藤と恐怖で胸が押し潰されそうになり、ケビンは奥歯をガチガチと鳴らしながら、必死に心の中で祈り続けた。


 その時だった。


「――父上! もうおやめください……!」


 重々しい鉄格子の扉が開き、泣き叫ぶような悲痛な声が地下室に響いた。


 ドレスの裾を汚しながら駆け込んできたのは、一人の美しい女性――エリノアだった。


  その顔には、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ落ちている。


「エリノア……!? なぜお前がここに……! 出て行きなさい、今すぐにだ!」


 公爵の顔から余裕が消え、狼狽したような声が跳ね上がった。

 亡き妹の面影を残す愛娘にだけは、この醜く惨めな復讐の姿を見られたくなかったのだ。


 だが、エリノアは首を激しく横に振り、泣きながら父にすがりついた。


「嫌です! 父上、お願いです……こんな恐ろしいことはもうやめてください! お願いですから……!」


 娘の必死の哀願に、公爵の瞳が一瞬揺れた。

 だが、すぐにその瞳には、より一層ドロドロとした狂気の光が宿り始める。


「エリノア……よく聞きなさい。お前は何もわかっていないのだ」


 公爵は娘の肩を両手で強く掴むと、耳元で恐ろしい言葉を囁きかけた。


「ここにいるウサギ殿はね、あのレオナルドに随分と大事にされているようだ。……だがね、ここでこのケビン・コンラッド殿が消えていなくなれば、どうなると思う?」


「え……?」


「お前が長年想い続けてきたあの男……レオナルドが、ついにお前のものになるのだよ! 正式に婚約を結んでやろうじゃないか!」


 エリノアが息を呑み、絶句する。


「ハハハっ! まあ、あの男にはいずれ、地獄へ落ちてもらうことになるのだがねぇ!!」


 地下室全体を揺るがすような公爵の狂気高笑いが、暗闇の奥へと気味悪く響き渡っていた。

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