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愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月
第三章 忍びよる影

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21.危険な誘い

 ──夕闇に染まる城の中庭、今日の稽古を終えたケビンはおもむろにポケットに手を伸ばす。


 手すりにドカリと身を預け、握りしめたのは小さな銀のケース。


 美しい細工が彫られたその表面には、所々無数の細かな傷が走っていた。

 それは普段から、レオナルドが愛用しているタバコケースだった。


 そして角のあたり、流れるような刻印――『Leonard』の文字。

 ケビンは無意識のうちに、その文字をそっとなぞっていた。


 胸の奥がぎゅっと痛む。

 あいつが日常的に指先で触れていたあと……。


 追いはらわれるように渡されたはずなのに、ケースひとつ手元にあるだけで指先が微かに震えてしまう。


 ケースから引き抜いたタバコを不機嫌にくわえ、火もつけずに苦い葉の匂いだけを噛みしめていた。


 従うつもりなんかない。

 だが……


『ほどほどにしとけよ』


「ちっ。子ども扱いしやがって……」


 ケビンは、咥えたタバコを大事そうにケースにまた戻した。

 ポケットへしまう指先はケースの重みを確かめるように愛おしげに沈んでいく。



 ◇



「おいケビン! 何カッコつけてんだよ!」


 背中をどんと叩かれ、ケビンは弾かれたようにポケットの上から拳を握りしめた。

 振り返ると、大柄なカルロが汗臭い腕を首にまわして豪快に笑っている。


「アーサー副長が言ってたぞ! 今日の足さばき、俺様の大斧をかわすたびにキレが増してるってな! 黒の騎士団でも指折りのスピードだぜ!」


「……ふん。当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ」


 強がって口元を歪めると、カルロは「はいはい、生意気なウサギさん!」と笑って去っていった。


 遠ざかる背中を見送りながら、ケビンは自身の拳を固く握り直す。


(見てろよ、レオナルド……。もう『ウサギ』扱いはさせねぇ)


 ケビンの誇りと燃えるような自負が、胸を熱く焦がした。




 ◇◆



 ――その時だった。


「……コンラッド殿(・)下(・)」


 ゾクッと、全身産毛が逆立つ。

 なぜなら、全く気配が感じられなかったのだ。


 驚き、振り返った眼前に立っていたのは、洗濯籠を抱えた下働き風の小柄な男だった。


 だが、その濁った刃のような目つきは、すれ違いざま――瞬き一つの隙に、胸元へ「何か」が滑り込ませてきた。


「……真実を知りたくば、誰にも見られぬよう」


 耳元で囁かれた掠れ声。気付いた時には、男の影は廊下の暗がりへ溶けるように既に消えていた。


「なっ……!?」


 物陰へ滑り込み、胸元から引っこ抜いた一通の手紙。

 そこに捺された血のように禍々しい深紅の蝋――百合の家紋であった。


(え? 百合の紋章だと?! グ、 グラント公爵家の……本物の家紋……!?)


 心臓が跳ね上がる。

 爪で蝋封を叩き割り、畳まれた紙を一気に開いた。


 そこに躍り出た黒い文字が、視界を強烈に焼き尽くす。


『――皇帝の手元で、牙を抜かれた可憐な『小うさぎ』として飼われ続ける日々は退屈ではございませんか殿下?』


「……っ!」


『あの「毒事件」の真相。そして皇帝レオナルドと我が娘エリノアの「本(・)当(・)の(・)関(・)係(・)」について、真実を知りたいとは思いませんか?』


 頭の中で、何かがけたたましく弾けた。


『毒事件』『エリノア』


 あの、かつての恐ろしい夜が脳裏に浮かぶ。


 セレスの口から出た「エリノア様」の名。胸が引きちぎられるような惨めさに狂い過ごした眠れぬ夜。


 そして翌朝、真っ青になり、氷のように冷たくなって倒れた、レオナルドのあの苦しそうな顔。


 ――お前には関係ない。


 冷酷に自分を突き放したあの男の瞳。

 喉の奥がカラカラに乾き、激しい眩暈が襲う。


(あの事件の真相……!? エリノアと、レオナルドの『本当の関係』……!?)


 あの女は他に何かあるのか?

 俺に見せない甘い顔を、あの女に向けているだけじゃなく……


 俺を遠ざけ、子供扱いするのは、あの女ともっと何か特別な関係があるからなのか?


『三日後、大公邸にて生誕夜会が催される。主要な近衛はすべてそちらへ向かうはずだ。つまり、我がグラント公爵邸は手薄であり、真実を語るに最も適した夜となる。一人で我が館へ来られたし』


 バサァッ! と紙を握りつぶす手が、激しく震えた。


「公爵……っ! 地獄の老狐が……!」


 罠だ。匂い立つほどの毒の罠。


 だが――胸のポケットにある、あの男の銀のケースが熱を持ったように重たく主張する。


 三日後の夜会。

 初めて知る話……。


 あの男はまた、俺に何も言わずに城を空けるつもりだ。

 また俺を置き去りにして、あの時みたいに毒を盛られて冷たくなって戻ってくるのか?


 あの冷酷な男の秘密も、あの女との関係も、全部暴いて俺だけのものにしてやりたい。


「……ふざけるな」


 噛み破った唇から、鉄の味が広がった。


 もう指をくわえて待つだけの『小兎』じゃない。


 カルロの重斧をかわし、黒の騎士団で牙を研いだんだ。今の俺なら――罠ごと叩き潰せる!


「乗ってやるよ……!」


 ケビンの瞳に、ギラギラとした狂暴で切ない光が宿る。


「三日後……あいつらが城を空けた瞬間に、行ってやる! あの男の隠し事を全部引きずり出して、今度こそ、俺のこの手で鼻を明かしてやる!!」

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