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愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月
第二章 黒い秘密

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18.秘密基地

 ──昨夜は、レオナルドの冷たい手首の感触と、耳元に残る甘い熱気を振り払うようにして自室へ駆け込んだあと、知らぬ間に泥のように眠りに落ちていた。


 だが、微睡(まどろ)みを打ち破ったのは、容赦のない朝の冷気と、全身を苛(さいな)む激痛だった。


 きりきりと軋む節々を押さえ、ケビンは地下訓練場への暗い階段を降りる。


 冷涼な空気が支配する広大な地下空間、そこはすでに、絶え間なく鳴り響く鉄と鉄の激しい打撃音と、男たちの荒い吐息に包まれていた。


「――甘いな、ウサギさん!」


 豪風が空間を爆発的に切り裂いた。


 第一騎士団副長アーサー・マクベリの振り下ろした巨大な鋼剣が、ケビンの金色の髪の毛先をかすめて石畳に深々と突き刺さる。


 ドゴン、と腹の底に響く重低音とともに砕け散った石片が、ケビンの頬を掠(かす)めて赤く鋭い傷を作った。


「ッぐ……あ……!」


 受けることすら叶わない。

 掠めた風圧だけで両腕の皮膚が引きちぎられるように痛み、足元がズリっと踏みとどまれずに滑る。


 全身の打撲痕が悲鳴をあげ、視界がじんじんと赤く明滅(めいめつ)した。


 だが、ケビンの瞳の奥に宿る冷たい狂火は、消えるどころか獰猛(どうもう)に燃え上がっていた。


「ヘラヘラ笑ってんじゃねえぞ、ヒゲ……ッ!」


「ハッ、言ったはずだぜ! ここは王様ごっこをするおままごと場じゃねえってな!」


 アーサーが巨躯を躍動させ、地面から引き抜いた大剣をそのまま横一文字に薙ぎ払う。


 更なる追撃――速い。

 昨日のケビンなら、その質量と速度に圧倒されてただ首を差し出していたはずだった。


 だが、今のケビンには昨日からの死線の中で研ぎ澄まされた「天性のカン」があった。


(先を読むんだ。動け……! 踏み込みの瞬間の右膝の沈み、肩の筋肉の収縮――)


 刃が首筋を断ち切るコンマ数秒前、ケビンは両膝を折り、滑り込むように地を這った。


 剛風が頭上を通り抜け、アーサーの銀の髪が激しく舞い散る。


(見えた……!)


 空を切った大剣の重みで、アーサーの左脇腹に一瞬の隙が生じる。


 ケビンは地面を蹴り上げ、低姿勢のまま相手の死角へと瞬時に滑り込んだ。


 それは王族としての優雅な舞などではない。


 生き残るため、敵の命を最短で刈り取るための冷徹な殺気の突きだった。


 演習用の鋼剣が、アーサーの頸動脈めがけて一閃(いっせん)する――!


「──なっ!?」


 アーサーの眼光が一瞬鋭く跳ねた。

 間一髪、アーサーは大剣の柄頭を強引に割り込ませ、ケビンの剣先を弾き飛ばした。


 ズガンッ!!


 甲高い金属音が地下空間に激しく響き渡り、火花が二人の顔を鮮やかに照らし出す。


 至近距離で互いの荒い呼吸と、熱い汗の匂いが混ざり合う。


 ケビンの突き刺すような冷酷な殺気を受け止めながら、アーサーの厳めしい顔が、じわじわと獰猛な笑みに歪んでいった。


「……ハッ! いい目になりやがったじゃねえか、二等兵! いまの滑り込みと殺気……文句なしの合格だ!」


「ハッ……ふざ、けるな……。次はその無駄に太い首、根元から削ぎ落としてやる……!」


 ケビンは肩で激しく息を吐きながら、生意気に口の端を釣り上げて見せた。


 その瞬間、周りでかたずをのんで見守っていた男たちから、爆発するような怒号と歓声が沸き起こった。


「おいおい見たかよ! あいつ、副長の喉元にマジで刃を届かせかけやがったぞ!」


「やるじゃねえか小僧! ただの気取った仔ウサギちゃんかと思ってたら、とんでもねえ毒ウサギだ!」


「ギャハハ! 副長が冷や汗かいてやがる! メシがうまいぜ今日は!」


 ドカドカと足音を立てて寄ってきた黒の騎士たちが、容赦なくケビンの背中や肩を叩いていく。


 激痛にケビンは顔をしかめたが、その手に込められた乱暴な熱量に、息をのんだ。


 そこには、敗戦国の元王子を嘲笑う陰湿さも、上辺だけの気取ったお世辞も存在しなかった。


 ただ純粋に、圧倒的な強者に臆さず刃を突き立てた「一人の男」に対する、剥き出しの敬意と熱狂だけがあった。


「てめえら、やかましい! 訓練に戻れ!」


 アーサーが怒鳴り散らすと、騎士たちはケラケラと笑いながら散っていった。


 アーサーは大剣を背の鞘に収めると、冷えた水が入った革袋をケビンへ無造作に投げつけた。


「ほらよ、飲め。……へっぴり腰のウサギさんは返上させてやる」


 受け取った水袋から勢いよく水を煽り、首筋へ滴らせながら、ケビンは周囲で剣を交える男たちを睨みつけるように見回した。


「……なぁ、副長。一つ聞かせろ」


「あぁ?」


「あいつら……本当に『黒の騎士団』なのか? 帝国の最高機密で、皇帝の最精鋭なんだろ? なんであんなに気取りがなく、貴族の気品も、洗練された騎士の型も……何一つ見当たらない」


 ケビンの問いに、アーサーは呆れたように肩をすくめ、地面にどかと腰を下ろした。


「ハッ、当たり前だろ。型にハマった美しい騎士道なんかで飯が喰えるかよ。……おい、カルロ! お前、ここに来る前は何やってた!」


 近くで大斧を振るっていた大柄な男が振り向き、白い歯を見せてニッと笑った。


「俺か? 俺は隣国の境界で盗賊団の頭やってたぜ! 飢えて死にそうだったから奪って食ってたんだ! ガハハ!」


「向こうで弓を握ってる奴は戦災孤児で路上生活者、あっちの足の速い奴は旅芸人の一座を叩き出された無一文だ。俺みてえに先祖代々騎士の家系なんてのは、うちじゃ珍しい部類なんだよ」


「……は?」


 ケビンは水袋を握りしめたまま、絶句した。


「元盗賊に……孤児……? そんな奴らが、なぜこの帝国の心臓部にいる? なぜ最高機密の部隊として、皇帝の喉元を守っているんだ……!?」


「簡単な話さ」


 アーサーは真顔になり、己の太い腕を誇らしげに叩いた。


「この部隊に身分も、血統も、過去の泥汚ればかりの生い立ちも関係ねえ。必要なのは……圧倒的な強さと、己を捧げる覚悟だけだ。どんなドブネズミだろうが、腕と忠義さえありゃあ一番上まで上がれる。……その場所を作り、俺たちに誇りをくれたのが、他でもないレオナルド陛下だ」


 ドクン、とケビンの胸の奥が激しく脈打った。


(あの男が……身分も過去も問わず、ドブネズミすらも対等に信頼して、自らの影として従わせている……?)


 脳裏に浮かぶのは、冷酷無比でどこまでも腹が読めない絶対王者の顔「氷の皇帝」の姿。


 だが、ただ恐怖と権力でひれ伏させているのではない。


 この荒くれ者たちが、自らの意思で命を投げ出すほどの圧倒的な器と、底知れない統治者としての懐の深さ……


 殺したいほど憎いはずの男。

 いつかその首を掻き切ってやると固く誓ったはず。


 なのに――その男が作り上げたこの圧倒的な世界の熱気に、ケビンの心が抗いようもなく突き動かされ、激しく揺さぶられていた。



 ◇



「おい、ウサギさん。ボーッとしてんじゃねえ!」


 アーサーが再び大剣を引き抜き、獰猛な笑みを浮かべて構えた。


「まだ訓練は終わりじゃねえぞ! 次はさっきの滑り込み、十回叩き込んでやる!」


「……フン、望むところだ!」


 ケビンは口元の汗を腕で拭うと、柔らかな金色の髪を揺らして再び剣を構え直した。


 鉄と汗と血の匂いが充満する空間で、ケビンの胸の奥には、今まで味わったことのない熱い鼓動が脈打っていた──

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