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愛しい人は復讐相手〜囚われ姫?は冷血皇帝の溺愛に抗えない  作者: 蒼良美月


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12/26

12.狼くんとリトルバニー(2)

 ──それからの日々は、ケビンにとって過酷で、そして不運な日々の連続だった。


 すっかり元気を取戻したレオナルドに対し、ケビンはありとあらゆる手段で暗殺計画を実行に移した。


 ある日は、レオナルドが執務室で飲むコーヒーに、激辛の特製スパイスを大量に仕込んだ。


(フフフ……これなら一口飲んだ瞬間に悶絶して、隙ができるはず……!)


 物陰からニヤニヤと見守るケビン。しかし、レオナルドは何の躊躇もなくそのコーヒーを口にすると、一口飲み、静かにカップを置いた。


「ほう。今日のコーヒーはなかなかに刺激的だな。ケビン、お前の好物か?」


「っ……!? な、なんで平気なんだよッ!?」


「生憎と、舌の鍛錬も済ませていてね」


 またある日は、中庭の剪定用ハサミを手に、背後から襲いかかったものの、レオナルドが振り返りざまに放った一輪のバラの茎で手首を突かれ、ハサミを取り落として撃沈。


 またある日は、廊下の天井の梁(はり)の上に忍び込み、レオナルドが通りかかった瞬間に飛び降りて首を絞めようと画策した。


(もらったッ!! 天井からの不意打ちなら……っ!)


 バッと飛び降りたケビンだったが、レオナルドは振り返りもせず、ただ優雅に半歩横にズレただけだった。


 ——ドガッ!!


「ぐへっ……!?」


 誰もいない床へと豪快に顔面から激突したケビンは、悶絶しながら鼻を押さえた。


 上から見下ろすレオナルドは、心底呆れたように溜息をつく。


「上空からの奇襲にしては、殺気が漏れすぎだな。……大丈夫か、鼻骨は折れていないか?」


「うぐぐ……ち、チクショー……っ! 触るなッ!」


 差し出された手を払いのけ、ケビンは涙目になりながら叫んだ。


 来る日も来る日も、懸命に知恵を絞り、健気にチャレンジを繰り返すケビンだったが、結果はことごとく惨敗。一度たりともかすり傷ひとつ負わせることができない。





 ◇




 ——そして、今日。


 静かな廊下の先で、ケビンはついに千載一遇のチャンスを見つけた。


 レオナルドが向こうを向き、背中を完全に無防備に晒してたたずんでいる。あの隙だらけの背中……今度こそ間違いない。


(もらった……ッ!! 今度こそ、息の根を止めてやる……!)


 袖口に隠し持った小ぶりのナイフを滑り出させ、ケビンは足音を殺して地を蹴った。疾風のごとく背後から飛びかかり、その首筋へと刃を突き立てようとした——その瞬間。


 まるで背中に目がついているかのように、レオナルドが翻った。


「っ……!? うわっ!?」


 視界が目まぐるしく回転する。


 ケビンの手首は瞬時に力強い握力で掴み上げられ、勢いそのままに壁際へと強烈に押しつけられた。


 ——ダンッ!!


 背中に軽い衝撃が走り、直後、レオナルドの大きな身体が眼前を完全に覆い隠した。


 逃げ道を塞ぐようにケビンの頭脇の壁へ長い腕が叩きつけられ、両手首はそのまま頭上へと一本の手で固く押し固定される。


 カラン……コロン……。


 手から零れ落ちたナイフが、乾いた音を立てて冷たい床を転がっていった。


「……くっ……離せ……ッ!」


 身よじって暴れようとするケビンだったが、完全に退路を断たれていた。


 あまりの至近距離に、レオナルドの体温と甘い薫りがダイレクトに肌へ押し寄せてくる。


 レオナルドは身動きの取れないケビンを見下ろし、口元に危険で甘やかな笑みを浮かべた。その眼光には大人の余裕が満ち満ちている。


「背後を襲う趣(・)味(・)は嫌いじゃないが、もう少しロマンチックな誘い方をしてくれないか? それにしても、一国の王子のプライドはどこへ捨ててきたのかな? コンラッド『元』王子よ」


「っ……! うるせぇよ!!  お前がルクシアンを潰したんだろうが! 離せってんだろエロジジイ……ッ!」


 わざと『元』を強調する煽りにケビンが歯を剥き出しにして睨みつけると、レオナルドの薄い唇がさらに深々と吊り上がった。


 レオナルドはゆっくりと顔を近づけると、囚われたケビンの耳元へ吐息を吹きかけるように、深く低い声で囁いた。


「そんな、まどろっこしい真似をしなくても……夜、ベッドの上で裸のままの俺に襲いかかればいいだろう? その方が……ずっと首を取るチャンスがあるぞ、リトルバニー?」


「〜〜〜〜っっっ!??!」


 耳朶(じだ)をくすぐる危険で色っぽい響きと、あまりに挑発的なセリフに、ケビンの頭の中が真っ白になった。


 一瞬で顔面が真っ赤に沸騰する。あまりの恥ずかしさと胸の激しい高鳴りに、叫び声を上げそうになった。


「ば……っ!!  馬鹿じゃねぇのか、あんたッ!?  死ねよエロジジイッ!! 誰がそんなことするかッ!!」


 真っ赤になった顔を背け、必死で抵抗して腕を振り払うと、ケビンは逃げるようにレオナルドの腕の隙間からすり抜け、ダッ、と後方へ飛び退いた。


 呼吸を荒らげ、真っ赤な顔で睨みつけてくるケビンを、レオナルドは取り逃がしたことを楽しむように優雅に向き直り、くすりと笑った。


「そう怒るな。……そういえば、お前は剣の筋がなかなかだと、セレスから報告を受けている」


「……あ……?」


 唐突な話題の転換に、ケビンは赤くなった顔のまま眉をひそめた。


 レオナルドは優雅な所作で整った前髪を払い上げ、至近距離で見つめてくる。


 その瞳には冗談めかした色はなく、どこか深く鋭い光が宿っていた。


「本気で剣術を学んでみたらどうだ? ……そうすれば、俺を殺るチャンスも増えるかもしれんぞ?」


「……あ……? なに言って……」


「本気で俺の命を奪いたいなら、正々堂々と力をつければいい。どうだ?」


 挑発的でありながら、どこか魅惑的な提案。ケビンは息を呑み、動揺を隠せないまま目を見開いた。


「……どういう意味だ……?」


 レオナルドは答えず、ただ深みのある笑みを残して背を向け、静かな足取りで廊下の奥へと去っていく。


 残されたケビンは、熱を持った自分の手首を握りしめたまま、その背中を呆然と見つめていた。


 これが自分の運命を大きく変えることになる——帝国騎士団への第一歩になるとは、この時のケビンはまだ知る由もなかった。

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