「俺の六畳一間、めちゃくちゃ静かになるから」
空が、
落ちてくる。
そんな感覚だった。
“深淵”が、
ゆっくり世界へ降下している。
黒い空間。
無数の赤い瞳。
見ているだけで、
心が削られるような圧力。
街中の人々が、
絶望した顔で空を見上げていた。
修も、
息を呑む。
「……これ、止められるのかよ」
フィアナは、
唇を噛み締める。
「止めないと……」
でも。
声が震えていた。
ルミネリアは、
深淵の中心で静かに立っている。
その姿は、
どこか悲しそうだった。
修は、
フィアナへ聞く。
「姉ちゃんに何があったんだ」
フィアナの瞳が揺れる。
そして。
ゆっくり語り始めた。
「姉様は……優しい人でした」
夜空を見上げながら、
フィアナは続ける。
「誰より強くて」
「誰より民を守ろうとして」
「ずっと、一人で頑張ってたんです」
フィアナの拳が震える。
「でも数年前」
「王国の北部で、“深淵災害”が起きました」
修が黙って聞く。
「たくさんの人が死にました」
「姉様は、一人で封印しようとして……」
フィアナの声が、
掠れた。
「その時から、行方不明になったんです」
修の胸が重くなる。
つまり。
ルミネリアは。
深淵に飲まれた。
その時。
空から、
声が降ってきた。
『……違います』
ルミネリアだった。
深淵の中で、
静かにこちらを見ている。
『わたしは、救われたのです』
フィアナが、
目を見開く。
ルミネリアの瞳が、
ゆっくり赤く染まる。
『深淵は教えてくれました』
『世界は、苦しみで溢れていると』
『争いも』
『孤独も』
『悲しみも』
その声は、
優しいのに怖かった。
『だから全部、深淵へ還せばいい』
修の背筋が凍る。
フィアナが叫ぶ。
「違う!!」
ルミネリアの動きが止まる。
フィアナは、
涙を流しながら叫んだ。
「そんなの救いじゃない!!」
「姉様は、そんなこと言わない!!」
深淵が、
低く唸る。
ルミネリアは、
少しだけ悲しそうに笑った。
『……やはり』
『まだ、残っているのですね』
次の瞬間。
深淵の中から、
巨大な黒い腕が無数に伸びた。
修の顔色が変わる。
「来るぞ!!」
腕が、
街へ降り注ぐ。
ビルを掴み。
道路を砕き。
世界を侵食していく。
フィアナが、
魔法陣を展開する。
「防御術式――!」
青い光の壁。
でも。
黒い腕が、
それを押し潰していく。
フィアナの顔が苦痛に歪む。
「っ……!」
修が支える。
「フィアナ!」
フィアナの魔力が、
急激に削られていた。
限界が近い。
その時。
ルミネリアが、
静かに呟く。
『フィアナ』
『最後に聞きます』
深淵の中心で。
姉は、
妹へ手を伸ばした。
『こちらへ来なさい』
『あなたなら、まだ壊れずに済む』
『人間など捨てて』
『わたしと一緒に――』
フィアナの瞳が揺れる。
その瞬間。
修は、
フィアナの手を強く握った。
そして。
迷わず言った。
「行くな」
フィアナが、
息を止める。
修は、
震えながらも笑った。
「フィアナがいないと」
「俺の六畳一間、めちゃくちゃ静かになるから」




