そして。 “深淵”そのものが、 ゆっくり世界へ降り始めた。
夜空の“深淵”が脈動する。
黒い雲。
赤い月。
無数の魔獣。
その中心で。
銀髪の女性――ルミネリアは、
静かに微笑んでいた。
フィアナと同じ顔立ち。
でも。
その瞳は、
あまりにも冷たい。
修は、
フィアナを見る。
フィアナは、
信じられないものを見る顔をしていた。
「姉様……」
声が震えている。
ルミネリアは、
優しく語りかけた。
『迎えに来ました』
『もう帰りましょう、フィアナ』
その声は、
本当に優しかった。
昔から、
妹を大切にしていた姉の声。
でも。
背後には、
世界を壊す深淵がある。
修は、
光の剣を握り直した。
「……あれ、本当に味方か?」
フィアナは、
苦しそうに首を横に振る。
「違う……」
「姉様は、あんな力を使う人じゃない……!」
ルミネリアが、
ゆっくり目を細める。
『この世界に染まってしまったのですね』
フィアナの肩が震える。
『そんな狭い部屋で』
『そんな弱い人間と』
修が、
ぴくっと反応する。
ルミネリアの視線が、
修へ向く。
その瞬間。
空気が凍った。
深淵級の圧力が、
一気に増す。
修の身体が軋む。
でも。
フィアナが、
前へ出た。
「やめてください!」
ルミネリアは、
少し悲しそうに微笑む。
『フィアナ』
『あなたは王女なのですよ?』
『本来なら、世界を統べる存在』
『なのに』
その瞳が、
冷たく染まる。
『なぜ、人間なんかを愛しているのですか?』
修が、
息を呑む。
フィアナは、
震えていた。
でも。
ゆっくり、
修の手を握る。
そして。
はっきり言った。
「修さんは、“なんか”じゃありません」
ルミネリアの瞳が、
わずかに揺れる。
フィアナは、
涙を浮かべながら続けた。
「この世界で」
「わたくしを笑わせてくれた人です」
「帰りたいって思わせてくれた人です」
「大切な人です」
修の胸が熱くなる。
ルミネリアは、
静かに目を閉じた。
そして。
ぽつりと呟く。
『……そう』
次の瞬間。
深淵が、
震えた。
――ゴォォォォッ!!
巨大な魔力が、
夜空を埋め尽くす。
ルミネリアの背後に。
さらに巨大な魔法陣が現れる。
フィアナの顔が青ざめた。
「姉様……まさか……!」
ルミネリアは、
悲しそうに笑った。
『ごめんなさい』
『もう、止まれないのです』
その瞬間。
空の亀裂が、
完全に開いた。
そして。
“深淵”そのものが、
ゆっくり世界へ降り始めた。




